昨日までの1週間は、日本演出者協会が主催するイベントのプロデューサー(などと書くとプロの制作者の皆さんに失礼だが)として奔走していた。そのイベントとは、フランスから来日してシアターXで公演を打った劇団ウバックの女優・村上純子さんと、彼女のお仲間で、彫刻家・照明家・男優・大道芸人etc.であるシグリッド・ドゥランヌさんを講師に迎えた、「ハーフマスク劇を作ろう!」と題する4日間にわたるワークショップである。ハーフマスクというのは、顔の上半分を覆う形状のマスクである。これをわずか2日間で製作し、さらにそのマスクをつけたレッスンを1日体験し、残り1日でむりやり発表会にまで持ち込むという、講師陣にしてみれば無理難題に近いスケジュールであった。
ところで私は、日本演出者協会の仕事は、はっきり言って演劇業界に対する義務感だけでやっている(ビジネスとは到底言えないギャラしかもらえないから、毎度義務感をかきたてなければモチベーションが低下する、という意味である)。しかし、この協会は基本的には新劇系の演出家のユニオンだから、本当は私のような小劇場出身の演劇人にしてみれば、別に汗をかかねばならない義理など何もないのである。本来ならば、新劇の劇団の若手演出家がこういう場所で働くべきだし、事実そういうスタンスで参加している人もいるにはいるのだが、それにしても若年世代の数が少ない。だからまあ、仕方がないので一肌脱ぐつもりで私は会員を続けており、今期は「国際部長」を引き受けたりもしている。しかし、私はそろそろ「演出家」という看板は降ろそうかと考えているので、そうなったら脱退することになるだろう。
さて、「ハーフマスク劇を作ろう!」であるが、これまで私が協会でマネジメントを引き受けてきた様々なワークショップの中でも、最も感動的な内容であった。会場となったのは、この夏にオープンしたばかりの多摩市子ども家庭支援センターで、このワークショップは同センターとの共催事業でもあり、「親子向け」を謳った効果があって地域の親子が2組参加していた。お母さんと子供たちを観察していて、子育てというのはやっぱり凄いことだ、とただただ圧倒される。しっかり生活するというのは多大な労力を要する営みであり、それだけで貴いことなんだなあと、サラリーマンを眺めていても別に感じることはないのだけれど(笑)、主婦と子供を眺めていると痛感させられる。こういう参加者にしっかり拮抗しなければならないんだからファシリテーターは大変だよな、と他人事のように思いながら見ていたのだが、これがマスク製作もマスク演技指導も、初心者向けとはいいながら決して安易な妥協を許さない内容であり、見事であった。参加者はほどよい緊張感を覚えつつ、濃密な時間を過ごすことができたのではないだろうか。なにしろギプスを貼って顔の型をとることから始まるから、最初にいきなり難関が待ち構えている。大人も子供も勇気をもってこのイニシエーションをくぐりぬけ、そして、最後の発表まで走り抜けたわけである。
協会のワークショップはセミプロが参加することが多いのだが、今回はアマチュアの方が数が多かった。しかし、いつもより今回の方が面白い。これは、講師陣の高度な技術と、生活者の醸し出す説得力と、さらにそれらに加えて、「マスク劇」という表現方法に由来するところが大きかったような気もする。素顔をさらす「俳優」による芝居づくりではなかなかこうはいかないんじゃないか、そもそも「俳優」と「芸人」の違いって何なんだろう、などと考えさせられた。
日本演出者協会でやっている仕事は、基本的に業界内に向けたものであって一般に公表するようなものではないと私は思っているから、今後ともこの日記で触れることはほとんどないと思う。しかし今回は、感動したので例外として記しておく。ぜひまた彼らを招聘してみたいが、そのときは、もっと余裕のある日程を組みたいものである。もっとも、長期のワークショップとなると参加者を集めるのも会場を確保するのも一苦労だし、予算も上乗せしなければならないから、色々と作戦を練らなければならない。ひょっとしたら地方開催の方がうまくいくのかな。……などとあれこれ思案していると、私はいつまで経っても協会を辞められなくなってしまうので、私なんぞよりもっと「演劇」を積極的に背負っている若手の皆さんが、ちゃんと業界全体の利益になるような仕事をして下さい。
追記。テレビでオリンピックを見ていると、ときどきギリシア国旗を目にし、ギリシア国歌を耳にする。この国旗も国歌も、昨年利賀村で上演した「アンティゴネー」で引用したので、感慨深いものがある。