今年のベスト3、あるいは、演劇にとって近代とはなにか


週刊マガジン・ワンダーランドの「今年の3本」が届きました。幸い、飴屋法水演出『転校生』をはじめとして、SPACがプロデュースしている作品をいくつも入れていただいていて、ありがたい限りです。我々の活動が、東京の演劇シーンから見てもそれなりの存在感を持っていることを確認でき、改めてファイトが湧きました。正直これを見ていると、FTとSPACだけが奮闘している感じがしなくもないですな。東京の劇場の皆さんは、元気なんでしょうか。長らくお会いしていないので、何がどうなってるのかよく知らないのですが。たまには、静岡にまで噂が伝わってくるような面白いことをやって下さい。

私もこの「今年の3本」にお誘いただいておりましたが、時間がなくて書けずじまいでした。というか、もう東京でお芝居を見る機会がほとんどなくなっているので、書きようがないということもあります。実際、評者の方々が並べている劇団の名前やお芝居のタイトルを見ても、全く知らないものがいくつもありました。

ただ、これ、私が東京にいないから知らないんだろうか、と考えると、ちょっと違うような気もしますね。だって、一読して誰でも気づくと思いますが、今年の3本なのに評者によってほとんど重複がないんですよね。小劇場というのは先物買いで、もちろんこれが大新聞の年末回顧であれば大劇場が対象となるわけで、蜷川幸雄とか井上ひさしとかどうせそういう名前がずらずらっと並ぶんでしょう(私は新聞はとってなくて、ニュースは専らネットで見ているので、ああいう記事って目に入らないんですよね。それで何も困らないわけですが、とすると大新聞の年末回顧ってのは何のために存在しているんでしょうか:笑)。それとは全然違うものなので、評者によって選定がバラバラになるのは当たり前なんでしょうが、にしても90年代ならもうちょっと統一感があったような気がするし、80年代なら確実に全員一致で上がる名前が1つはあったような気がするんですよね。野田とか鴻上とか。00年代の「島宇宙化」もここまで進んだか!という感慨を抱きます。

ワンダーランドで書けなかったので、大岡淳が選ぶ今年の3本をここで挙げてみましょうか。

1 オリヴィエ・ピィのグリム3部作

2 林英雄の『ゴドーを待ちながら』

3 鳥の劇場『班女/葵上』

ですね。ピィのグリムは、音楽劇の理想形を示していて、なんだかもう圧倒的な感動を得ました。彼のベタにカトリックなところが、いい具合でネタに見えるバランスにも共感できました。鳥の劇場の『近代能楽集』は、三島由紀夫のキッチュな味わいがよく出ていて、印象が強烈で、未だに頭から離れません。

林先生の『ゴドー』についてひとこと。これを観るのはもう3度目だったのですが、既にこの日記で触れた通りやっぱり面白かったです。アジアにおける近代演劇のスタンダードは、日本の新劇ではなく、あの『ゴドー』にこそ求めるべきです。ぎりぎりのところで伝統的・民族的表象を回避する禁欲性と、にも関わらずあれだけ豊かな身体表現を生み出す造型性こそ、モダニティと呼ぶにふさわしいものだからです。だって、モダンってのはつまり、普遍性を求めるってことでしょう(日本の演劇人は、形式と内容をごっちゃにして、現実模写の原理を「近代」と形容してしまったので、20世紀芸術における「モダニズム」の本質を未だに理解できずにいるのです。舞踊にはバランシンがいるからまだ話が通じるのですが。モスクワ芸術座のシンボルマークが「かもめ」であることの意味を、日本の演劇人は誰ひとり理解できていないんじゃないですかね。つーか、「かもめ」いっぺん観たら演劇なんてやらないと思うんだけど、普通は:笑)。ところでデリダは脱構築と言いましたが、アジアで近代芸術に取り組むという行為自体、徹底すればするほど、ふるまいとしては結果的に脱構築になっちゃうはずなんです。だから、そこまで拡張してモダンと呼んでもいいと思うんですが、で、例えば日本では竹内好が好例だったと私は思っているわけです。この話は何度も何度もしているんですけど、一向に浸透しないのはどういうわけですかね。ともあれ、そんなテイストを感じましたので、私は、林先生からもっと多くを学ばねばならないと思った次第です。

ピィはSPACの春の芸術祭、林先生は利賀フェス、そして鳥の劇場は鳥取で上演された作品を袋井に招聘したもので、東京で観たものはひとつもないわけでして。で、今はパリ郊外で、パスカル・ランベールの稽古に参加していると。東京を離れると、当然ながら物の見方が変わるんですが、私の場合は、より本質を見抜く力がついた気がします。日本の演劇シーンも、これからは、東京の有象無象から何かを拾い出すのではなくて、地方に拠点を構えた集団の競い合いになるべきなんじゃないかと思いますけどね。まあ、まだちょっと地方の側が力不足かな。

いずれにせよ、日本の演劇人は、感覚的にやっていることを普遍的な言語によって意義づける努力を同時にやらないと、これから世界水準での仕事はできないと思います。いやまあ、才能ある若手が、たまに海外の演劇祭にお呼ばれすることはいくらもあるでしょうけど、ここで言う世界水準ってのは、事実として外国に行く行かないではなくて、吉本隆明が文学について言っているような意味です。つまり理念的な世界水準ってことです。いや、才能ある若手の諸君は、好きなだけ外国へ行けばいいよ。そんでもう帰って来なければいいよ。私が言う世界水準はそんな薄っぺらなものではなく、日本で演劇をやるなら、一度徹底して「近代演劇」を構築するべきだという立場です。柄谷行人が『隠喩としての建築』あたりで言っていた「構築への意志」というやつです。ただ、アジアの人間が「近代」を志向するというとき、それこそ竹内好が魯迅やタゴールに見出したような、両義的な場所に立たざるをえなくなるはずで、林先生が延々と『ゴドー』をやり続けているというのも、その両義性に忠実であろうとした結果なんじゃないかというのが私の解釈ですけどね。そりゃ他のことができなくなるよね、と。でもそれは例外として受け取るべき話ではなくて、韓国で「近代演劇」を問い詰めるとそうなる必然性があるんだと思いますよ。

日本の場合、根本の問題はやっぱり築地小劇場にあったんじゃないですかね。そもそも彼らが「モダニズム」を“様々なる意匠”のひとつとしか捉え切れず(文学の世界で「モダニズム」が「新感覚派」に収斂してしまったのと同じですね)、同時代を規定する総体的な精神として定立できなかったことが問題だったというか。スタニスラフスキーもメイエルホリドもブレヒトも、等しく同時代性の担い手であるという視点がアジアにこそ必要だったはずなんですが。だってアメリカのストラスバーグは、彼なりにそういう把握をしたんですから。

ひとつ付け加えると、日本の「新感覚派」は単なる文壇的党派にとどまるものではないという読み替えを、吉本隆明が『言語にとって美とはなにか』でやったわけです。いっぽう演劇は昭和に入ると社会主義リアリズムに席巻されてしまうので、そういう読み替えも難しい。戦後に入って60年安保の頃からようやく面白いものが出始めるんですが、後に新劇対アングラという党派性が批評の側にも浸潤しちゃうので、さんざん語られてきた割には、1960年代の演劇の可能性って理解されていないのです。しかし日本の演劇が巧まずして「近代」を志向したのは、やっぱり60年代だったんですよ。吉本隆明的な読み替えがきくのは、この時期だけだと思います。このことに気づけたのは、岡山の講座のおかげですけどね。