赤木智弘『若者を見殺しにする国』に至る極私的読書録  ~若者論でつづる20年史~


1.バブル期

ヴィム・ヴェンダース監督『ベルリン・天使の詩』を観て激しく感動に震えたのは87年、17歳のときで、その翌年には柄谷行人・蓮實重彦の対談本『闘争のエチカ』に接し、柄谷がまさしく『ベルリン・天使の詩』を枕に、天使が人間世界に舞い降りたごとく、共同体的思考から逃れ、外部へ、他者へ、単独者へ、道徳ではなく倫理へ、という思想的軌跡を語っていたことに、やはり感動を覚えた。折しもバブル末期、「国際化」や「ボーダーレス」や「情報化」を称揚する時代状況で、国民国家も村落共同体も家族共同体も、まとめて旧時代の遺物と思えた。正社員=サラリーマンなどという高度成長期の産物たるライフスタイルにしがみつき、会社に束縛されるくらいなら、フリーターの方が給与は低くとも自由度が高く、多様な選択肢を得られると本気で信じていた。ニューアカもテクノポップも小劇場演劇も大輪の華を咲かせ、東京の都市文化を享受するだけで、新しい世界に足を踏み入れるような感覚が得られた。そのさなかに、昭和天皇が崩御し、あの天使だけが往来できたであろうベルリンの壁が崩れる。89年のことである。

2.89年前後

88年に出版された思想家・浅羽通明『ニセ学生マニュアル』は既に読んでいたけれども、このシリーズは89年の『逆襲版』から、微妙に論調を変えていく。簡単に言えば、オカルトもスピリチュアルも、芸術活動も社会運動も、もっと言えば読書も学問も、全て、色あせた日常、あるいは、労働の疎外という過酷な現実から目をそらし、ガス抜きをするための玩具に過ぎず、いい歳をして玩具を手放さず遊戯に淫する者たちは「知のおたく」である、と糾弾した。民俗学者・大月隆寛は、大学院に「入院」するくらいならちゃんと就職しろ、地に足をつけろ、と若者たちに発破をかけた。このような思想の登場は、サブカル小僧の私には衝撃的だったが、90年代初頭にバブル経済が崩壊し、80年代サブカルチャーが一気に退潮に転じた状況下では、貴重な忠告とも思えた。確かに、時代の転換点となった89年に逮捕された宮崎勤の存在は、なにやら不気味な事態を予告しているようにも思えた。後に、95年のオウムを契機として、宮台真司『終わりなき日常を生きろ』を著し、「核戦争で世界が滅ぶ」類の終末論は、やはり退屈な日常を粉飾する物語に過ぎないと批判して、その退屈をやりすごし、援助交際で実を取るコギャルの流儀を称揚した。一読者としてはさすがにコギャルをロールモデルにはできなかったけれども、言わんとするところは大筋で浅羽通明と同じだと感じた。

 

3.90年代

今にして思えば、芸術や運動や学問に多くの若者が引き寄せられ、「知のおたく」を発生させるにまで至った背景は、その程度には日本経済が豊かだったという一事である。「知のおたく」を脱して就職せよというアジテーションも、やはり後知恵として言えば、不況が深刻化し就職氷河期が訪れる瀬戸際で、まだ間に合うからノアの方舟に乗れ、という警告だったように思える。遊戯に耽るか、労働に精出すかという選択肢は、バブル崩壊以降たちまちのうちに消滅した。新卒の就職活動は一気に買い手市場に転じ、労働市場の「自由化」により非正規の労働環境は劣悪化し、慰めに玩具を買おうにも、可処分所得が手元に残らない。99年に山田昌弘『パラサイト・シングルの時代』で、実家に寄生する若者たちに就職せよと檄を飛ばすが、これもまた小此木啓吾『モラトリアム人間の時代』以来のバリエーションで、さすがにアナクロな情勢認識だという気がしてならなかった。事実、実家にとどまる若者には税をかけ、労働市場へ参入するインセンティブを高めよと主張するに至って奇書の様相を呈するこの本は、01年に玄田有史『仕事のなかの曖昧な不安 揺れる若年の現在』によって論破される。そこでは若年層のパラサイト化は、彼らが贅沢にかまけて勤労意欲を喪失した結果ではさらさらなく、中高年正社員の雇用を守るために若年層の非正規化・低賃金化が進んだ結果であるとする、今にして思えば正論そのものである指摘がなされた。このような正論がようやく01年になって登場し、それでもなお議論を巻き起こしていたことからして、90年代いっぱいは、私たちがまだバブルの亡霊に惑わされていたことを示していると言えよう。

 

4.00年代

ウィンドウズ95以降のPCの普及、通信インフラの整備、携帯電話の多機能化、マンガ喫茶の登場を追い風として、90年代後半から00年代において、若者が現実逃避する先と言えば誰もがインターネットを連想するようになる。仕事をせず、自宅にひきこもり、2ちゃんねるに入り浸り、韓国や中国に対する排外感情をむき出しにし、構造改革によって既得権が破壊されれば自分にとって有利になると信じ、小泉純一郎を支持するB層。しかし、かつての芸術青年や政治青年や学問青年は、街をうろついていたからその姿を見ることができたが、このB層に腑分けされる若者たちは、その正体が見えない。そもそもインターネット自体、なるほど現実逃避の対象となるヴァーチャル・リアリティを形成しているけれども、のみならず、情報収集ツールでありビジネス・ツールでありコミュニケーション・ツールでもあり、正しくはヴァーチャルとリアルが交錯し有象無象が集う場であるわけで、ここに単一のマイナス表象をあてがうことに無理があろう。しかし確かに、「スキル」も「学歴」も乏しく、就職機会に恵まれない若者たちが、かろうじてネットで溜飲を下げるという現実もあったのかもしれない。95年にスタートした庵野秀明監督『新世紀エヴァンゲリオン』が、敵の正体が不明で、なんら使命感が供給されない状況で、戦いに出ることを強いられる主人公の「ひきこもり」的な心性を描き、多くの共感を集めたのも事実である。だが、それにしても、まだネットに逃避する若者の姿は浮上しない。08年に発生した秋葉原無差別殺傷事件の犯人・加藤智大の登場で、我々はとうとうその姿を認めたはずだったが、しかし彼はなんと、トヨタグループの工場で働く派遣社員だった。これを「ひきこもり」と分類するのは無理がある。「モラトリアム」批判、「おたく」批判、「パラサイト」批判、「ひきこもり」批判と連なる表象の系列も、ここに来てとうとう現実から乖離した。象徴的な凶悪犯罪に見え隠れするのは、現実から逃避してネットに耽る若者の姿というよりも、不安定な派遣労働の現場に身を置き、孤独の果てに殺戮に走った一介の労働者の姿であった。付言すれば今日もなお、破綻したはずの表象の有効性を、なお信じ込もうとする論客が存在する。震災後「原発にのめりこむのはニート」と規定した香山リカである。先の系列に「ニート」批判も加えておこう。そして、彼女とは対照的なポジションにいるのが、赤木智弘だ。

 

5.そして10年代へ

秋葉原の事件の前年、07年1月『論座』に発表されたのが、赤木智弘「「丸山眞男」をひっぱたきたい――三一歳フリーター。希望は、戦争。」である。赤木の論を読むと、隔世の感がある。赤木論文の意義とは、「貧困労働層」に属する若年世代から、自身の利益を正しく追求し、「安定労働層」による富の独占を糾弾する議論がついに登場したということに尽きる。しかし、誰にも自尊心や自己愛というものがある。彼のように、非正規の貧困労働の渦中に身を置く自身の実情を暴露するには、勇気が要るだけでなく、冷徹な自己認識が求められる。従ってこれは、なかなか余人に真似のできることではない。実際「希望は、戦争。」と叫んでみたところで、彼に開戦に関与する地位があるわけでもなく、例外状況における雇用の流動化を夢見る言説は、文字通り夢にとどまる。それだけにこの「戦争」の一語は、あまりにも孤独で、あまりにも悲痛に響く。赤木の主張と多分に重なるのは、06年に刊行された城繁幸『若者はなぜ3年で会社を辞めるのか?』における日本的経営批判で、これを読むと、赤木の批判する「安定労働層」による富の独占は、制度的には年功賃金制に由来していることがわかる。若年社員には成果主義を、年配社員には年功を適用する、企業の人事・賃金体系におけるアマルガムを問題視する城は、労働市場の完全自由化、成果主義の完全徹底を叫ぶ。苛立ちの果てに、昭和パラダイムに引導を渡そうと主張される「本来の成果主義」は、赤木の言う「戦争」とほとんど同義ではないかと私には思える。

もう一度言おう。「勤労意欲を喪失した若者が、真面目にコツコツと働く現実から逃避し、インターネットで実効性のない空論を叫んで、不満を解消している」という図式はここに来て失効した。アリがキリギリスを罵ることができたのは、キリギリスを養う経済力があったからだ。だが今やキリギリスは死滅し、強者のアリが弱者のアリを食い物にする社会が到来したことを、赤木智弘は著作のタイトルによって示した――すなわち、『若者を見殺しにする国』。ベルリンに天使が舞い降りてから、もう20年が経っていたのだ。