劇団渡辺『帝国』の稽古を見学しました。


広報が始まりましたので発表します。私大岡が書き下ろした久々の新作戯曲は『帝国』というタイトルで、静岡の劇団渡辺が上演します。本番まであと20日間というタイミングで、稽古見学に出かけてきました。

自分で書いた戯曲なので、もちろん客観的には見られないんですが、でも、これは面白いんじゃないかという気がいたしました(笑)。1996年、26歳の夏に演出したハイナー・ミュラー『モムゼンのブロック』や、同じく96年の暮れに作・演出の両方をやった『音楽劇・聖ニコラスの大航海』を継承するスタイルが、今頃になって復活したかのような趣があります。商品劇場時代のテイストが、より洗練されたような内容になっています。もちろんそれは戯曲について言えることで、演出や演技は劇団渡辺のスタイルでやっていますから、私が演出するよりももっとパワフルなものに仕上がりつつあります。

そもそも、この戯曲は飽くまで劇団渡辺による上演を前提として書いたものであって、今の私には演出することはできません。私自身は、静岡県の文化政策のフレームの中で働いていますから、こんなふうに自分のやりたいことを純粋に煮詰めたような戯曲は、上演したくても上演することができません。そのための条件が得られません。いや、30歳を過ぎてからの私は、クライアントの意向に応えることに使命感を持って働いてきましたし、そういう職人仕事に徹するのがプロだとも思ってきましたから、別に現状に不満があるわけではありません。ただ、それはそれとして、自分がやりたいことをひたすらやり続けていた20代の創作の原点を見失わないようにしたいとも思い、劇団渡辺なら、私が自分で演出するよりもうまくやってくれるだろうという期待の下に、私の方から劇団渡辺にやらせてほしいとお願いして、戯曲を書き下ろした次第です。それはまた、静岡に定住した以上、SPACの看板を外したところで、「小劇場」出自の一舞台人として、改めて静岡のお客さんたちに出会わなければならない、アドバンテージが機能しないところでも、自分の技量がそれなりに通用することを示さねばならないという、自分なりの覚悟があってのことでもあります。

実際稽古を見ていると、自分の書いた言葉やアイデアが演出家や俳優の解釈によって捉え返され、共同主観性の中で練られ叩かれ鍛え上げられていることが実感され、これは劇作家でなければ得られない贅沢な体験だなあ、と感じました。

同時に、戯曲のエッセンスは紛れもなく自分の中から沸き起こってきた何かではあるので、省みて、いかに今の自分が「はじめに発注ありき」というスタンスを貫いているかを、改めて自覚することとなりました。

自分のやりたいことと、他人から依頼されたことと、いずれその両極を融合させるべきなのか、あるいは楕円の焦点のようにふたつながらに維持していくべきなのかは、今はまだ答えが出ていません。というか、自分で答えを出すようなことでもないでしょうね。状況の変化に適応していくうちに、おのずと答えは出てしまうのだろうと思います。そもそも、ふたつにわけること自体が間違っているのかもしれないし。そう考えると、やっぱり根本的には、私にはやりたいことってないのかもしれない。袋井に来てくれた振付家の南村千里さんが「自分の中に“やりたいこと”を持ってはいない」と言い切っていて、ああそれは共感できるなあと思いました。彼女も私も、大きく見ればポストモダンのコミュニティ回帰という流れに身を委ねていますからね。別に、あっちかこっちか両方か、なんて悩んだりせず、常に現場に立って、快活にやっていこうと思います。

劇団渡辺『帝国』

作=大岡淳 演出=渡辺亮史

12月18日(土)19:00

19日(日)15:00

20日(月)20:00

21日(木祝)15:00

会場:寿町倉庫

入場料:前売1500円・学生1000円・当日2000円

チケット予約・お問い合わせ:gekidanwatanabe@yahoo.co.jp

チケットは私も預かっていますので、大岡と直接会う機会のある方は、大岡から買っていただくこともできます。よろしくお願いいたします。

しかし、これだけ忙しいのに、よく書き下ろしなんてできたよな、自分。