なぜ演劇を批評するのか


以下は、私の勤務先であるSPACで開催している、劇評講座のPRのために書いた文章です。SPAC秋のシーズンの公演をご覧いただき、劇評を投稿していただくと、入選者の劇評はSPACのウェブサイト上に掲載され、金一封が渡されます。ぜひ皆さんも挑戦してみて下さい。

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なぜ演劇を批評するのか

 私の場合、批評というものに影響を受けた原点は、80年代にある。例えば、浅田彰『逃走論』が猫十字社のマンガ『黒のもんもん組』に言及していたことは、中学生の私にとってちょっとした事件だった。こういう作品をさらりと取り上げてみせる知性が登場したことの新鮮さは、中学生にも感じられた。また、吉本隆明が『マス・イメージ論』で高野文子のマンガ『絶対安全剃刀』を高く評価していたことにも、大した目利きがいるものだと感心させられた。栗本慎一郎は『鉄の処女』の中で、花田清輝の芸術批評は、「最終的に俺は左翼なんだぜ」というポーズさえとっていればインテリはサブカルチャーを扱っても構わないという、高踏的な姿勢にとどまっていると批判しており、そういう当人は『ビックリハウス』誌上で糸井重里と連載を持ったりして、栗本の存在自体がじゅうぶんにサブカルチャーだった。四方田犬彦は、林達夫の芸術批評はなるほど脱領域的ではあるが、演劇的な“質”を評価するにとどまっており、映画的な“量”の氾濫から目をそむけていると批判していた。いずれにせよ、知識人が余技でサブカルチャーを論ずる時代は終わり、むしろサブカルチャーの直中にこそ、論ずるに値する何かが存在するという予感が、「ニュー・アカデミズム」を中心とした、ニュータイプの知識人たちを突き動かしていた。

演劇批評の中で最も共感したのは、川本三郎の仕事である。サブカルチャー全般が活況を呈する中で、小劇場演劇は――今思えば「演劇バブル」と言いたくなるほどに――高揚していた。高度化した消費社会に対するアイロニカルな自己批評を意図した演劇作品群は、必然的に入れ子構造のような「難解」なスタイルをとりがちだったため、そのエッセンスをわかりやすく解説してくれる川本の批評は、中学時代の私には貴重な存在だった。野田秀樹や鴻上尚史はもちろんのこと、北村想、生田萬、如月小春、渡辺えり子らの作品が、同時代の音楽・美術・映画・マンガ・文学と同列に論じられ、情報社会化や消費社会化が進展する中で、ディスコミュニケーションに陥った〈個〉がふわふわと浮遊し、浅田彰の言を借りれば「ノリつつシラケ、シラケつつノル」ところの、「微熱都市」なる絶妙なフレーズへと総括された。演劇を始めとするサブカルチャーの批評を通して、同時代の精神を把握し、自分自身の立ち位置をも測定することができたのは、川本三郎のおかげであった。

高校時代には、柄谷行人や蓮實重彦の批評に影響を受けるようになった。文学が近代的な「内面」を人々に植えつける制度的な機能を果たしたことを批判する柄谷の批評も、「凡庸」な物語の中に見出される「愚鈍」な描写を肯定する蓮實の批評も、文学や映画を批評することが、そのまま、近代国家のメカニズムを批判的に捉え返すことにつながる、と教えてくれた。芸術批評は単に芸術のためになされるのではなく、個人と社会との関係を変革するためになされるということを、彼らの批評から学んだのである。

 かくして私は、20代前半から演劇批評を書き始めた。それは、演劇を知らない人たちに演劇の魅力を伝えると同時に、その演劇作品を媒介として、私たちが何を考えるべきかを訴えたかったからである。格好つけて言えば、坑道のカナリアの鳴き声から危機を察知し、人々に警告を発する仕事をしてみたいと考えたのだ。つまるところ批評とは、作品を社会全体の動向と接続させ、その作品が示唆している、この社会が向かうべき未来を顕在化=言語化させる営為なのだろう。演劇の場合で言えば、観客であるあなたが、単なる観客であることを超え、社会全体へメッセージを発する方法――それが演劇批評である。ひとりでも多くの皆さんが、演劇批評に挑戦することを期待してやまない。