謹賀新年。そしてまだコンベヤーは止まらない。


新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

芝居が終わったのに更新が滞っているのは、引越に伴い、PC環境に若干の不具合が生じているからでありまして、もう少ししたら解決し復帰しますので、見捨てずにいて下さい。

それから、商品劇場BBSで年末年始の恒例企画となっていた「私の3冊」は、SAND雑談掲示板で引き継ぐことになりましたので、常連投稿者だった皆さんは、どうぞこちらに遊びにいらして下さい。もちろん誰でも投稿歓迎です。

http://6725.teacup.com/jun_ooka/bbs

さて、年が明けたにも関わらず、私の頭の中では依然として「コンベヤーは止まらない」をどう総括すべきかということばかりボーッと考えております。しかし、自分ひとりで考えるようなことでもないので、頂戴した批評を紹介します(今日はデスマス体でいきます)。

まず、劇評サイトWonderlandで、北嶋孝さんが的確な批評を書いて下さいました。戯曲の内容をどう膨らませた舞台か、ということが、よくわかるように書いていただいています。北嶋さん、どうもありがとうございます!

http://wonderland.tinyalice.net/cgi/mt/archives/000245.html

それから、舞台研究MLエウテルペを主宰している柳澤望さんが、鋭敏な視点で舞台を〈解読〉する批評を書いて下さっています。続きがあるようなら、ぜひ読みたいのですが……。

http://d.hatena.ne.jp/yanoz/20041217

あと、私の弟子(!)のやのまき嬢が、素敵な感想を書いてくれています。このリンゴの解釈はいいですね。どうもありがとう。

http://plaza.rakuten.co.jp/yanomaky/diary/200412110000/

そして最後に、小川町企画が発行している「思想運動」という新聞でも、芝居通の大橋省三さんに劇評を書いていただきました(活字でしか読めません)。これはかなり批判的な内容で、「こういう戯曲を選定したことはいいが、同化的な演技はよくない。もっと異化的=批判的に登場人物を捉え返すべきだ」というアドバイスを頂戴し、勉強になりました。

大橋さんの御批判はよくわかるのですが、この「同化的な演技」については、柳澤さんの批評にあるような具合に、寛容に受け止めてもらいたい、というのが私の言い分です。なにしろ「同化的な演技」を成立させる演技方法だけをひたすら学んできた学生たちですから(プロの俳優に必要な技術はまさにそれなので)、まずはその訓練の成果を試す機会を与えてあげねばなりませんでした。それに、仮にあの戯曲を大胆に異化して演出してしまうと、おそらく今日の若い観客は、何の話だか理解できなかったかもしれません。なにしろあの演出ですら、観客として接した学生たちからは「何が言いたいんだかよくわかんない」という感想が出ているのですから(まあまともに働いた経験がないのだから仕方がないですが)。だったらせめて、「スカッとした気持ちで働けるところなんて、どこ行ったってありゃしねえじゃねえか!」なんていう台詞が、ストレートに響いてくる方がいいかなと。

従ってここで問題とすべきは、単なる演技の問題ではなくて、北嶋さんや柳澤さんの批評でほのめかされている「いったい、演じている学生たち自身は、この芝居をどう受け止めたのか?」ということかもしれません。演出家の意図するところをまともに受け止めれば、私自身が抱えている「芸術家なんて“廃業”した方がいいんじゃないか?」という問いかけを、そのまま抱え込むことになっちゃいますね。もちろん、こんな問いかけは悠然と乗り越えてほしいと思って敢えて提示しているわけですが、理解しない子や素通りする子の方が多数だったろうとは思います。そのすれ違いもまた演劇的かな、などと楽観的に考えているのですが、こんなんじゃダメでしょうか(笑)。