就活するのは何のため?


コスモの教え子の諸君も、既に就活を終えたり、これから就活に入ったり、という時期にさしかかっているようですな。では、そもそも就職活動とは何のためにやるのかを考えてみましょうか。

会社には何のために入るのか。例えば、100万円を元手にしただけで、じゅうぶんな稼ぎを見込めるビジネス・モデルが頭にあるのなら、わざわざ会社に入る必要はありませんな。さっさと自分で100万円を調達して、自分で創業してしまえばいいだけのことで。

しかし、元手が1000万円、2000万円、さらには億単位でなければ成立しない事業となると、これは自力で調達するのは難しいですな。もしもあなたが起業家であれば、資金調達って、簡単に言っちゃえば以下のどれかを選択するしかない。
 

(1)自分で稼ぐ

(2)誰かから融資してもらう(後で利子をつけて返す)

(3)誰かから投資してもらう(リスクは投資家が負う)

 
金額が大きければ大きいほど、(1)が大変なのは言うまでもない。時間がかかるでしょうね。(2)は、担保として差し出す資産が必要になる。(3)は、相当な説得力のある事業計画が必要でしょう。このうち、キャリアの乏しい若者が勝負をかけられるのは(3)しかない。だから起業ブームみたいなことも起きるわけです。

しかしいずれにしてもハイリスクであることに間違いはない。仮に事業が失敗した場合、(1)も(2)も自分の資産が毀損されるわけだし、(3)は、市場におけるプレーヤーとしての信用が失われる。そこで、これらと対照的なもうひとつの手段として、

 

(4)どこかの会社に入って会社に出してもらう

 

という手があるわけです。自分が起業家として会社経営するのではなく、どこかの会社の社員になってしまって、事業計画を提案し、これが運よく承認され、実行に移されれば、カネも人材も全部揃っている。仮に事業に失敗したとしても、そこで資産を失ったり信用を失ったりするのは会社であって、あなた個人に傷がつくわけではない。あなたは、上司に怒鳴られておしまい。いやもちろん、減給されるとか、左遷されるとか、最悪の場合クビを切られるとか、あるかもしれないけど、別に、一度払った給料を返せと言われるわけじゃない。あなた個人が何を失うわけでもない。失われるのは「出世街道」という幻想のライフプランだけ。勝手に見ていた「夢」だけ。自分で起業することと比べれば圧倒的にローリスクですな。

つまり、会社に入る最大のメリットって、私に言わせれば、事業資金を調達するのが圧倒的にローリスクである、ということだと思います。ついでに、人材や設備やノウハウや流通網まで揃ってる。上司という名の指導者まで手に入る。ただし、ローリスクはローリターンであって、例えばあなたのアイデアのおかげで会社が1年に1億の利益を上げたとしても、あなたの年収は500万円にも満たないかもしれない。損は会社の損になる、ということは、手柄も会社の手柄になる、ということですからね。だからまあ、多くの見返りを求めずして、会社に貢献し忠誠を尽くすことでプライドが満たされるっていうサムライ気質の人じゃないと、なかなか会社員をやるのは難しいと思いますけども。

ともあれ、会社に入るというのは、事業を成功させるためにいくつかありうる選択肢のひとつに過ぎない、それも最もローリスク・ローリターンな選択肢に過ぎない、と私は思いますね。本当に大事なことは、会社に入るかどうかじゃなくて、カネを稼げるかどうかでしょう。そして、カネを稼ぐ大変さそのものは、どんな条件の下であれ、大差はない。つまり私が言いたいのは、就活就活と言うけれども、会社に入ることを自己目的化するのは本末転倒だ、ということに尽きます。ただ、おカネの面ではローリターンといえど、もちろん会社に入って得られるものはたくさんあるわけで、だったら、それを活かしてどんな商売をするかが問題なんじゃないでしょうか。いずれ独立したっていいわけだし。

ひとつだけ実践的なアドバイスをしておくと、どんなビジネスを起こせばカネになるか、日々考え続けることは重要だと思います。街を歩いているときも、デートしているときも、食事しているときも、旅に出たときも、いつでも。そして、興味の湧く業界が見つかったら、徹底的に研究すべきです。当事者でもないくせに、やたらとその業界に詳しい「おたく」になるべきです。「おたく」を笑う人は、そこでしくじります。まあ、世の中は、それなりに合理的にできていますな。

そして不合理にも、新卒採用という大勝負で努力が実らなかった人も、落ち込んでいる場合じゃない。それはもう所与の条件に変化が生じたという程度のことですから、カネを稼ぐための次の一手を、ああでもないこうでもないと模索していかねばなりません。格差社会がどうとか、そういう話に耳を貸している場合じゃない。格差だって飯のタネだ。そのくらいのバイタリティが個々人に求められている時代だと思います。