以下は、『情況』第4期2012年7月・8月合併号(情況出版)に掲載した拙稿です。2012年3月にポーランドのワルシャワ演劇祭を視察した際のレポートですが、発表から時間が経ちましたので、ここで公開することにしました。ワルシャワを訪れてから1年が経過しましたが、とうとう念願かなって、以下に登場するTEATR POLSKI WE WROCŁAVIU(ヴロツワフ・ポーランド劇場)の“Work about Mother and Fatherland”(邦題『母よ、父なる国に生きる母よ』)という公演が、来日を果たすこととなりました! 来月(2013年6月22・23日)、私が所属しているSPAC-静岡県舞台芸術センターが主催する「ふじのくに・せかい演劇祭2013」にエントリーします。関心のある方は、SPACウェブサイトを御覧いただいたうえで、ぜひチケットをお求め下さい。大岡に直接連絡いただいても大丈夫です。また、大岡が執筆した、この公演についての大岡のコラムはこちら、演目紹介はこちらです。5月27日には、ポーランド演劇を紹介するトークイベントを開催しますので、どうぞお越し下さい。
2012年3月25日から29日まで、ポーランド政府から招待を受け、SPAC-静岡県舞台芸術センター文芸部スタッフとして、WARSAW THEATER MEETINGSという演劇祭にエントリーしている公演を観て回った。
WARSAW THEATER MEETINGSは、(1)ポーランド国内のワルシャワ以外の地方で昨年話題になった演劇、(2)ワルシャワ市内で昨年話題になった演劇、(3)ワルシャワ市内の児童演劇、が2週間ほどの期間内にまとめて見られるポーランド最大の演劇祭であり、付随して、様々な会議がおこなわれていた。我々日本人を含めて世界中から様々なゲストが招聘されていたが、私が見る限り、米英独仏といった先進諸国の顔触れはほとんど見られなかった。ルーマニア、エストニア、ハンガリー、スウェーデン、パナマ、アルゼンチン、キューバ、韓国、中国、等々。文化交流が独自の外交戦略として機能していることを痛感させられた。
それでは、(1)(2)を中心に、観劇した中で重要と思われる公演をピックアップして紹介したい。英語字幕や解説資料の助けを得て理解した内容を、憶測も交えて解説していくので、細かい事実誤認は多々あろうかと思われる。その点、ご寛恕いただきたい。主催団体名はポーランド語で表記し、公演名は英訳で表記する。
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●TEATR DRAMATYCZNY/IN THE name of Jakub S.
Jakub S は、1846年ガリツィアで起きた農民反乱(クラクフ蜂起?)の指導者で、多数のジェントリを殺害したことで知られる。が、今日その名はポーランドという国民国家の起源として取り上げられることは少ない。そのJakubが、現代に蘇ったと思しき設定で物語は進行する。舞台上のひしゃげたフレームのような装置がJakubの屋敷を表現する。それは外部からの圧力で崩壊しかかっているとも見えるし、なお牢獄のように個々人を束縛しているとも見える。床には雪が降り積もり、その中には紙幣がちらばっている。Jakubは妻や子供たちに対して「働け、働け、時間を無駄にするな」と叱咤し、暴君としてふるまう。だが子供たちは、貧困にあえぎ、自身のアイデンティティを獲得できない不満や煩悶や憤怒を絶叫する(時には歌に託して)。だが、斜めに傾いだ扉の外では、貧富の差を拡大させる資本主義化の暴力がうずまくばかり。いっぽうJakubは、自然と労働を愛する叙情的な心情を吐露し、独裁的な態度を悔悟したりもする。さらにアーサー・ミラー『セールスマンの死』がたびたび引用され、Jakubはその主人公ウィリー・ローマンのイメージと重ねられる。つまり、「農奴根性」がしみついたポーランド国民の指導者であり解放者であったJakubは、資本主義化の猛威にさらされる現在においては、挫折する家長でしかありえない。終幕Jakubは「自分はやるべきことをやった、さて、お前たちはどうする?」と静かに語りかけて幕となる。
共産主義崩壊後のポーランドで何が起きているか、人々が何を感じ何に苦しんでいるかが、明確に伝わってくる点で面白かった。全編を覆う「こんなはずではなかった」というトーンから、この現代版Jakubが含意するのは、実は自主管理労組「連帯」のワレサ議長のような人物ではないかと邪推したくもなった。そう考えると、Jakubの描き方が両義的である点も理解できる。現在と過去が混交する劇作術は面白いのだが、演技のスタイルはおそらくは東欧でよく見るタイプの“絶叫系リアリズム”(日本で言えば鐘下辰男)で、ちょっと勿体ないという感じがした。
●TEATR GULIWER/Adventures of a cheating flee
子供向けの芝居なのだが、なぜか、全体が1920・30年代アメリカの世界観で統一されている。衣装も舞台装置も、まさに「セピア色」と呼びたくなる色調で統一され、ご丁寧に照明までアンバーで舞台を照らす。舞台奥にはスクリーンが設置され、懐かしき活動写真を投影する。このお芝居にはJan Brzechwaによる原作があるらしいのだが、この原作は、スクリーンに投影された映画の内容であるという設定になっており、カフェに集った4人の婦人が拡大鏡でこの映画の世界を覗き込み、ああでもないこうでもないとお喋りしがら、その物語を舞台上で再現していく(ウディ・アレン監督『カイロの紫のバラ』を想起した)。4人は、20・30年代風の歌曲を歌い踊り、2人のギャルソンに助けられながら、カジノで一山あてたり、汽車で旅をしたりして、映画の物語を追っていく。かくして、ポーランドにとってのベル・エポックであった大戦間期の世界が、舞台上に浮かび上がる。
このようなノスタルジックな世界観を、幼児たちの眼前でパロディ的に展開することにどのような意味があるか。おそらくこの芝居は、共産主義体制成立以前、ワルシャワがいちばん輝いていた時代を描いているのであろう。そしてその華やかなりしワルシャワは、無残にも第二次大戦で破壊し尽されてしまったのであろう。だが今日わずかに、市内に焼け残った建築物が黄金時代の痕跡をとどめており、その時代の雰囲気を後世に伝えているのであろう。拡大鏡で覗いてごらん、あちこちに、黄金時代の痕跡を見つけることができるはず……。趣旨は理解できたし、胸に迫るものもあるのだが、はたしてこれがどこまで客席の幼児たちに伝わっているだろうか。俳優たちは歌も踊りもうまく芸達者なのだが、誰でも笑って楽しめるというタッチの芝居ではないし、セピアに染まるノスタルジーによって魅了するには、観客はもう少しお兄さんお姉さんでなければ難しいだろう。ただもちろん、子供向けの芝居だからと言って、子供っぽい世界観に妥協する必要はないとは思うのだが。ところで、現在のポーランド演劇人たちが、共産主義時代を題材にとるのを避けていることに、この芝居を観て気がついた。
●TEATR POLSKI WE WROCŁAVIU/Work about Mother and Fatherland
登場するのは6人の女たち(ただしひとりだけ男優が演じる)。女たちは、母と娘の束縛しあう関係性にフォーカスしながら、様々な断片を畳み掛けるように演じながら、現代社会における“女であること”の意味を鋭く問いかけていく。舞台上には、箪笥くらいの大きさの鉄製の箱が四つ並んでおり、これが開いたり閉まったり移動したりしながら、場面場面の背景としてダイナミックに活用されていく。エレクトラのオレステスへの呼びかけが歌になって登場したり、かと思えば、エイリアンを胎内に宿したリプリーの母性について考察するくだりがあったり、かと思えば、「白鳥の湖」を踊る男たちが唐突に舞台を横切ったり、実に愉快であるが、そのうちに、ポーランド人にとって切実な“隷属すること”という主題が、“女であること”と直結したものとして浮かび上がる。
女たちは、戯画化されたパワフルな演技によって、スピーディに場面を展開していくので、最後まで飽きさせない。リアリズムとは異なり、身体のプレゼンスの強い演技・演出が、ジェンダーを問う知的な枠組みと、笑いを誘う娯楽的な表現とぴたりと合致して、今回鑑賞した中では、圧倒的に完成度の高い作品であった。女性を従属的存在として主題化している点がいささか単純だという気がしないでもないが、少なくとも日本の女性劇作家たちはこういう挑発的攻撃的な舞台を作れなかったと思うので(むしろピナ・バウシュのように、通俗的ブルジョア的な女性像を“あえて”承認し、軽やかに戯れようとする感性の方が、今の日本では共感を得やすいだろう)、新鮮であった。
●INSTYTUT TEATRALNY/This is the chorus speaking : only 6 to 8 hours, only 6 to 8 hours…
演出家・声楽家であるマルタ・グルニツカが、アマチュアの女性たちを組織し、現代にコロスを復活させるという大変刺激的な「女の合唱」プロジェクトの第一弾。コロスは、その歌声の素晴らしさもさることながら、見事に歌声と調和した形で、様々なムーブメントを見せてくれもする。アネタ・キジョウによる劇評によれば「ソフォクレスの『アンティゴネ』、シモーヌ・ド・ボーヴォワールの著作、広告のフレーズ、ヒットソングのリフレイン、童話や映画、オペラを題材にしたモチーフ……さらには料理のレシピなどを用いながら、そこに置き去りにした女性性について語るのである。」しかも、これが極めてユーモラスであり、観客席は爆笑に次ぐ爆笑に包まれる。古代の演劇形式を現代に復活させる試みは、決して政治的イデオロギーを強化する目的でなされるのではなく、むしろ、巷にあふれる言説やイメージを軽やかに解体し、“女であること”を哄笑しながら肯定するためにこそなされる。伝統と現代の融合とはまさにこうした試みを指すのだろう。おそらく、グロトフスキやカントールの遺産を正統に継承するのは、このマルタ・グルニツカという若き「舞台指揮者」であろうことを確信した。
また後日、「女の合唱」プロジェクト第二弾『MAGNIFICAT』も観ることができた。こちらはタイトル通りマリア讃歌がモチーフになっていて、確かに時折、完成度の高い聖歌合唱が挿入されるのだが、それ以外のパートでは、聖母崇拝に象徴される、男の視線によって規定される「女らしさ」がことごとく脱臼され、そこから“女”が解放され、肯定されていく。こちらも愉快であった。
●TEATR DRAMATYCZNY/Traders Contract
ドイツの劇作家エルフリーデ・イェリネクの戯曲の上演。文化科学宮殿内の劇場のロビーに、大きなテーブルが設えられ、その周りをパイプ椅子の客席が取り囲む。そこに、銀行家とおぼしき、男装した女優が登場し、「金融危機に見舞われた今日だからこそ、皆さん、ここで投資をあきらめてはいけません!」というような演説を、延々とおこなう。中盤、演説が映像上のプレゼンテーションに移ったり、男装の女優たちが、巨大なビジネスマン人形をロビーの窓から落とそうとしたりする。後半、今度はやはりスーツ姿の男優が登場し、またしても延々と演説する。
由緒ある建築物が上演空間として巧みに活用され、観客としては、本当に銀行に招待されたかのような気分を味わうことができる。そして、あまりにも延々と続く演説に、だんだんとウンザリさせられる。だがこのウンザリ感を倍増させるビッグ・ブラザーたちの怒号こそ、資本主義が私たちの精神に植えつけた内心の声なのだ――と、一応好意的に解釈できないこともない。そんなわけで、おそらくはリーマンショック以降の、現在進行形の資本主義の危機を戯画化しているであろう内容は、現実のグロテスクさを浮き立たせる、いかにもドイツ的なアイロニーに満ちている。ただし、それだけに、この内容を今ポーランドでわざわざ上演する意味は何だろう、と考えざるをえなかった。例えばポーランドは、EUに加盟しているものの、今般の経済危機への対応として、ユーロ導入を一年遅らせると宣言している。このように、国民経済を防衛する国家権力がいくらかは機能している以上、イェリネクが揶揄する先端的な金融資本主義の猛威が、ポーランドの観客にとって実感を伴うようになるには、もうあと数年を要するのではないか。その落差が無視ないし軽視されていることは、ポーランドにおけるドイツ演劇シーンへの憧れの強さを物語っているという気がしないでもない。事実、ポーランドの演劇人たちは異口同音に「我が国はドイツ演劇の影響力が強すぎる」と語ってはいた。
●TEATR IM STEFANA ŻEROMSKIEGO W KIELCACH/Joanna The Mad ; The Queen
金色に覆われた、出入口のない閉鎖した空間が、王宮に見立てられている。必要とするものは、壁が部分的に開いて、全て外から運び込まれる。一目で「帝国」を象徴していることが理解できる。その金色の部屋の中に、およそ写実的ではない現代風の奇妙な衣装をまとった俳優たちが、グダグダした感じで点在し、それぞれが退屈しのぎに遊戯に耽るといった趣で、物語を進行させる。極めて直截的な性表現も頻出する。つまりは、西欧で最近よくお目にかかる演出スタイルである。
ただ筋立ては存外、史実をなぞる形で展開する。主人公は「狂女王」と呼ばれたカスティーリャ女王フアナ。カスティーリャ女王イサベル一世と、その夫であるアラゴン王フェルナンド二世によって、1479年にカスティーリャ・アラゴン連合王国(スペイン王国)が成立したが、その夫婦の間に生まれたのがフアナである。彼女はブルゴーニュ公フィリップと結婚するが、フィリップは「美公」と仇名されるほどの美青年であり、この芝居の中では、妻に対して粗暴にふるまうナルシストとして描かれる。フィリップの浮気が許せないフアナは徐々に狂気に陥る。フアナはカスティーリャの王位を継承するが、フィリップは臨月の妻を放って浮気を続け、誕生した長男カルロス(大人の男優が演ずる)はフアナに対する不満をぶちまけ、そして、父フェルナンド二世はフアナの悩みを取り合わない。夫として王位を主張するも貴族たちから承認されないフィリップはふてくされた後、突然死去してしまう。取り乱したフアナの精神錯乱は進み、夫の死体を弄び(夫の埋葬を許さなかったという史実を表しているのだろう)、ついには、自ら夫の言動を模倣するようになり、亡き夫と一体化してしまう。そして父も死去し、錯乱したフアナの代わりにカルロスが政務を執り、フアナは幽閉され、死に至る。
男に翻弄され傷つけられ、それでも男なしでは生きていけず、ついには男の価値観と同一化してしまう狂女。裏返せば、女が女としてのアイデンティティを獲得することの困難さを主題としていると解釈できる。物語は決して「劇的」には展開せず、倦怠に満ちたグダグダな空気感の中で進行するため、金色の王宮は徐々に、俗っぽいマンションの一室のようにも見えてくる。現代の閉塞状況というやつである。その状況の下で、実のところ王族らしいオーラなどまるでまとっていない、極めて庶民的なおばちゃん(あえてそういう女優をキャスティングしたと推察される)が、時に性欲をむきだしにし、時にヒステリーに襲われるといった具合である(日本で言えば大人計画のタッチに近いか)。主題は理解できるが、この品のないグダグダ感は、好き嫌いがわかれるところだろう。私個人としては、ちょっと好きにはなれなかった。
●TEATR IM.HELENY MODRZEJEWSKIEJ W LEGNICY/Ⅲ Furies
Furiaという名の、市井の女性の物語。舞台は駅の待合室とおぼしき空間。たまたま出会った人々に救いを求めるも甲斐なく、八方塞がりの状況に苦しめられるFuria。彼女には既に2人の子がいたが、貧困によって強いられた劣悪な家庭環境ゆえに、子供たちは既に当局に取り上げられてしまった。そして今3人目の子も、彼女から引きはがされてしまった。亭主のドメスティック・バイオレンスに傷つけられた挙句、今ではホームレス同然の暮らしに身を落としているFuriaは、己の無知ゆえに、公的補助を受けることもままならない。駅で声をかけてくれるのも、娼婦やら、ゲイのカップルやら、あてにならない連中ばかり。ドラッグ中毒とおぼしき、目を赤く腫らした進行役が、Furiaに対して「ところで、あなたのお父さんは戦時中何をしておられたんです?」とおもむろに問いかける。Furiaは答える。「戦っていました。」「ドイツ軍の兵士を殺したんですか?」「いえ違います。父は、ポーランド人を殺したんです。」この衝撃的な告白で第1幕は終わる。
第2幕で、Furiaは父の素性を告白する。Furiaの父は、ワルシャワ蜂起に参加したポーランド国内軍の兵士であったが、その熱烈な愛国心ゆえに、ドイツ兵を相手にしていた娼婦や、反体制的な共産主義者など、同胞多数を殺戮した経歴の持ち主であった。そのような息子を生んだFuriaの祖母はと言えば、大学教授夫人であり、ナチスドイツの将校によって殺されてしまった(ユダヤ系か?)。祖母はあの世の入り口で、残虐な息子を育てた責任を追及され、審問にかけられる。祖母は、悔恨ゆえに涙しつつも、自分自身が、裏切者たちを抹殺する愛国心を、息子に植え付けた張本人であることを告白し、だが他にどんな生き方がありえたというのか、と絶叫する。終幕、Furiaの祖母と、Furiaが居並び、静かに観客席にまなざしを向ける。現代のFuriaは、改めてわが子を取り戻すことを誓う。
3世代に渡る物語である。経済格差が広がる社会状況の中で貧困に苦しむFuriaの不幸は、過剰にポーランド国家へ同一化し、ナショナリズムを鼓舞した祖先のふるまいの結果であることが、明らかにされる。その物語の中で、既にポーランドでは建国神話に等しい役目を果たしているワルシャワ蜂起の、独善的な排外主義に陥った暗黒面が、徐々に暴露されていく(おそらく観客にしてみれば、禁忌を侵犯するような重い主題であったろう)。対独レジスタンスの神話性を相対化し、フランス・ナショナリズムの暗黒面を浮き彫りにした、マルグリット・デュラスの『ヒロシマ・モナムール』をふと想起した。
滞在最終日に選択した演目が、この芝居でよかったとつくづく思った。偶然ながらこの日の午後にワルシャワ蜂起博物館を訪れ、市民がドイツ軍を相手に市街戦を展開し、ソ連軍の支援を得られぬまま、敗北に終わるワルシャワ蜂起の悲劇を、これでもかこれでもかと見せつけられ、なるほどこれがポーランド国民にとっての「ネーションの起源」を構成する神話のひとつなんだな、と納得した後だったので、この芝居の後半、国内軍の腕章をつけたFuriaの父が暴力的なナショナリストとしての正体を露わにする展開は、実にスリリングなものに感じられた。共産圏を脱して資本主義国に列した現在のポーランドにとって、ドイツともソ連とも対立したワルシャワ蜂起を象徴とするナショナリズムは、今また形を変えて生起しつつあると想像される。この芝居は、ポーランド現代史の裏面を浮き彫りにし、そのナショナリズムを内側から批判する試みであると言えよう。そして現在の、救いようのない貧困のただなかから、新たなポーランドが生まれることへ、わずかな希望が託される。なかなか勇気のある内容であり、感動的であった。
舞台下手にはパンク・バンドが座し、要所要所で迫力ある歌と演奏を披露し、ナレーターの役割を果たす。俳優らも、どこかネジが外れてしまった現代の貧困層を、ほどよく誇張し、またそのぶん妙なリアリティを発散する。全体に、挑発的な暴力性を適度に発揮しながら、戦後ポーランドの欺瞞を告発し現状を直視せよと迫る、快作であったと評したい。
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全体に、共産主義解体後、西側から流入してきた資本主義の猛威がポーランドを襲い、経済格差を広げているという認識は根底に存在しているようで、あっちにはマクドナルド、こっちにはスターバックス、といった象徴的なアイコンが、批判的にとりあげられる。そのような気分は共通していると思えた。
もうひとつ、今回私が観て回った公演には、偶然か必然か明確な共通点があって、どれも現代ポーランドにおける「女」の生き様を積極的に主題にしていた。わが国でも1990年代の小劇場演劇シーンの中で、フェミニズムに牽引される形で、マイノリティの権利がテーマとして扱われる傾向が存在したが(dumb type、劇団解体社、新宿梁山泊、青春五月党、岸田理生カンパニー等)、あの感じと似ていなくもない。今回鑑賞した各劇団とも、フェミニズムは無視できないイシューとして取り扱っているという印象を受けた。「ポーランドでは、男らしさを象徴するのは、兵隊さんだってことになっている!」という台詞で、観客が爆笑するという場面にも出くわした。公正なる市場経済を標榜する資本主義の猛威の中で、その建前とは裏腹に、労働力商品としては、女性は劣位に置かれている。また、資本主義の猛威に対抗してナショナリズムが勃興する局面においても、再構成される「伝統」的イメージの中で、やはり女性は従属的なジェンダーを強いられている。資本に対しても、国家に対しても、犠牲になるのは女性であり、それゆえ、資本と国家が共犯して個々人の生を操作し搾取する現状では、女であることを積極的に捉え返すことは、そのまま尖鋭な批判性を持ちうる。これは、もはや世界的な傾向なのかもしれない。そしてポーランド社会の現状に対しても、女が抵抗の声をあげることが、アクチュアルな批判的行為となりうる――概ねそのような認識に基づいて、女というジェンダーを主題とした芝居が数々作られたのではないだろうかと忖度する。
また、もうひとつ気づいた点として、共産主義時代を題材に選ぶことが忌避されている。なぜなのか、とポーランドの演劇人たちに率直に質問してみた。第一に、まだ生々しく、劇化するにはもっと時間が経たねばならない。第二に、自主管理労組「連帯」が、共産主義解体後に保守化してしまったため、もしも共産主義時代を題材に選ぶとなると、それを上演する演劇人たち自身の政治的立場を見定めることが難しくなってしまう。以上が、彼らに共通した回答であった。
この点に関して思うのは、故・吉本隆明は、このようなポーランド社会の現状に対してどんな認識を持っていただろう、ということである。吉本は1982年の『反核異論』で、レーガン政権による、ヨーロッパにおける対ソ連核配備を非難する中野孝次らの反核運動に対し、アメリカを批判するならなぜ同時にソ連の対ヨーロッパ核配備を批判しないのか、このようにアメリカだけを非難する反核運動は、ソ連によるポーランドの自主管理労組「連帯」への弾圧を隠蔽することを意図したものではないか、と批判した。それから10年を待たずして共産主義体制は崩壊し、ワレサ議長は大統領に就任し、「連帯」そのものが体制内化した。かくして今やポーランド民主化達成から20年以上が経過し、このたび私がワルシャワで観た芝居の数々には、共産主義体制が崩壊し表現の自由を獲得した解放感など、当然ながら微塵も感じられなかった。解放感の代わりにそこでは、グローバル資本主義の浸透によって文化が均質化し、経済格差が拡大し、公平性が毀損されることへの焦燥や苛立ちが噴出していた。そして、今更「階級闘争」によってこのシステムを打倒するわけにもいかず、共産主義時代を振り返ることはタブーとなり、かろうじて女性というジェンダーが抵抗の拠点となるばかり……。『反核異論』のおかげでポーランド情勢に注目した私としては、皮肉な現実を突きつけられる思いがしたのである。むしろ、共産主義からの解放は、自由という新たな桎梏に苦しめられる事態を意味する、と東欧知識人に警告を発した西尾幹二『全体主義の呪い』(新潮選書)に先見の明があったことになりはしないか。
ただ、こんなことがあった。芝居の合間に散歩をしようとワジェンキ公園に向かっていた折、通りで偶然「連帯」のデモ隊に遭遇した。デモ隊は数名の警官に囲まれ、テレビカメラを向けられ、にぎやかな音楽を奏でながらシュプレヒコールを叫び、全体としては陽気な印象であった。しばらく見物していたものの、ポーランド語がわからないため見飽きた私は公園の中に入り、ショパン像の前のベンチに座った。すると、「連帯」のゼッケンを付けたおじさんおばさん数名が、やれやれ一休み、という感じで公園に入ってきた。いかにも地方から動員されてきた感じの、気のよさそうな、庶民という形容がぴったりの人々である。公園の外ではシュプレヒコールが続いているのに、構わずショパン像を囲んで、思い思いに記念写真を撮り始めるおじさんおばさんたち。この光景を見ながら私は思った――嗚呼、吉本隆明が言い当てた「大衆の原像」ここにあり!