寺山修司『星の王子さま』上演終了。


先日、河合塾コスモでは「パフォーミング・アーツへの招待」ゼミの発表会として、寺山修司『星の王子さま』を上演しました。

今回は会場全体をダンボールで覆うという美術プランを立てまして、ちんねんに手伝ってもらってなんとか本番に間に合わせましたが、いやはや重労働でした。しかしそれだけに、なかなかに非日常的な空間が仕上がって、面白かったです。最後は、アングラらしく屋台崩しをやってみたんですが、これも迫力があってよかったですな。

この戯曲は、えりなさんが演ずる点子と、よしこさんが演ずるウワバミの対話がお話の軸になっていて、ウワバミは演劇的な虚構に閉じこもった司祭のような存在であり、いっぽう点子はその虚構を突き抜けた先に現実を見据えようとするイノセントな存在であり、ふたりの対決がこのお芝居の山場でもあったわけですが、えりなさんとよしこさんが頑張って、迫力あるお芝居に仕上がっていたかと思います。

また、普通劇場のすずちゃんにお願いした音楽も、大岡演出にしっくり来ていて満足でした。しほりーぬには演出助手を頼みましたが、最後の歌も作ってもらって、彼女のミュージシャンとしての才能に触れることができたのは収穫でした。当日パンフで名前が落ちていたので、ここで強調しておきます。

おそらく、コスモのゼミで、きっちり1本の芝居を作るのは、これが最後かもしれません。これからは静岡から通う形になるので、授業以外で稽古につきあうのが難しくなりそうです。もちろん、授業以外の稽古はもともとボランティアでやっていたことですが、正直言って、会社がこの発表会の意義を理解してくれているとも思えないんですよね。私は演出家としてはプロなので、自分の方から頭を下げてスキルを安売りする気はないです。神奈川県の公立高校で演劇の授業をやっていたときは、チーム・ティーチングの担当者をはじめ、教員の方々が協力的だったことを思い返すと、どうもコスモは、公立高校の総合学習にすら勝てない状況に陥りつつあるのではないか、との危惧を持ちます。うちに限らず、ゼミの活動は年々やりにくくなっているんじゃないかな。生徒諸君には何の責任もないことなので、申し訳ないのですけれど。本当は、コスモに関して思うことはたくさんあるのですけれど、ここには書きません。今の私にとってコスモの講師は副業なので、できることが限られています。歯痒いですが、どうしようもありません。

ああそうそう、コスモと言えば、小論文を手ほどきしたS君が慶應のSFC両学部と経済学部と全勝で、総合政策学部に入学することになりました。とうとう大岡もSFC合格者を輩出することに成功しました。東大文Ⅰとか早大政経とかSFCとか、例年、小論文受講者が難関を突破してくれているのは本当に嬉しいことです。自分が大学に受かったときより嬉しいですね。

ところで『星の王子さま』に話を戻すと、これまで私はアマチュアとの舞台づくりを自分の活動の中心に据えていて、コスモで上演した『花』なんてのはその最高峰だったと思うのですね。しかし最近、大岡は静岡を中心としてプロの舞台人として働いていて、例えばSPAC高校演劇フェスティバルも、プロだからこそできる指導を実践しています。実際このフェスティバルで、真剣に芝居づくりに取り組む高校生たちを支援するのは、我々にとって非常にやりがいを感じることではあるわけです。

コスモのゼミはこれとはおのずから存在意義が異なり、舞台で求められる技能を授ける場ではなくて、単純に、生徒諸君が盛り上がる機会を提供することに尽きているわけです。同じ年代の若者とつきあう中で、このように対照的な目的に従って、それぞれの現場で演劇を指導するというのは、正直やりやすいことではないですな。

今の私は、改めて、プロにしかできないことってなんだろうと考えています。技術には巧拙があり、洗練された技術でしか達成できないことは確かにあって、その洗練された技術には対価が支払われプロとして働けるのが一番だと、最近になって考えるようになりました。特にミュージカルなんかやっていると、歌唱と舞踊の技術がなければ話になりませんからね。芸術の特権性については私は依然として懐疑的で、ベケットやブレヒトの後にストレート・プレイが生き残る余地があるのかどうかはよくわかりませんが(だって最近の小劇場シーンでも、食えているのは劇作家=演出家だけで、俳優はみんなバイトしながら生活しているんでしょ?)、芸能や娯楽はいつの時代もビジネスになりうるわけで、その担い手は当然ながら洗練された技術の持ち主でなければなりません。

というわけで、私はストレートからミュージカルへとシフトしつつあるんですが、これは、アーティストではなくてエンターテイナーでありたいという気持ちが強まっていることと連動しています。もちろん、発注があればストレートもやりますけどね。歴史に残らずとも結構、有名にならずとも結構、ただ目の前のお客さんが喜んでくれて、お金になればそれで結構。日本人のオリジナリティとか、そういう難しいことはもう考えたくないです。ハイブリッド上等じゃん。それこそ脱構築じゃん。客が入ればOKじゃん。ただし、私は辛気臭いのは大嫌いなんでね。劇場で説教なんか聞きたくないんでね。やるなら能天気なことがやりたい。そこんとこだけは、ポリシーとして貫こうと思ってます。