CUATRO GATOS公演 [A-Art(ist) Talk] を観る。


CUATRO GATOS公演 [A-Art(ist) Talk] を観に、神田にあるギャラリー・サージへ。

これは、「雨を聴く、雨を視る、・・・雨を嗅ぐ」なる企画の一貫で、要するに、雨をテーマとしたインスタレーションが設置されているギャラリー内で、4組のアーティストがパフォーマンスをするという内容である。

まずインスタレーションについて言えば、まあ可もなく不可もなしといったところである。テレビモニターやら、音響装置やらを使って、環境アートのようなものが作られていたが、さして印象に残るものではなかった。

それから、CUATRO GATOS の前に別のパフォーマンスが為されていたのだが、はっきり言って論外であった。太った醜い体つきのおっさんが、なにやら偉そうな内容のテキストを読み上げ、ギャラリーのウィンドウになにやら意味ありげな落書きをし、挙句全裸になって、なにやら舞踏まがいの行為に及んでいる。私は以前から疑問に思っているのだが、「パフォーマンス」というジャンル(しかし本当にジャンルなのかこれは?)に属する人々は「紋切型」という概念を知らないのだろうか。蓮實重彦とか読んだことないのか。読んでもわからないのか。なんで「紋切型」そのものの表現行為をやってしまうのか。「インプロヴィゼーション」というジャンル(ジャンルじゃないだろやっぱり?)も同様だ。私は一時期、荻窪のグッドマンの常連だったからよく知っているぞ。ああいう手合いは、みんなまとめて「銭金」に出して、有田哲平や土田晃之にボコボコにしてもらえばいいのだ。

おっさんには興味がないので、私はギャラリー内には入らず、表の歩道でひとり坂口安吾の「白痴」を読み、感動に震える。さて、おっさんがひっこんだ後、いよいよ CUATRO GATOS の出番である。ここで私もギャラリー内へ。ギャラリーのウィンドウには「演劇」と書かれた紙と「トーク」と書かれた紙が一枚ずつ貼られる。そういえばタイトルは [A-Art(ist) Talk] である。果たしてこれは「演劇」なのか「トーク」なのか? 人を食った演出である。そのウィンドウを背に、演出家・清水唯史氏と、このインスタレーションの企画・制作を手がけた美術家とおぼしき人物が登場し、清水氏はその美術家氏に対してインタビューを始める。これに並行して、会場内にはパフォーマーたちによって、チープな木材の脚を持つプラカードが次々に運び込まれ、インスタレーションの隙間を埋め尽くしていく。「もうほとんど見えなくなっていますが、この美術作品の意図は何ですか」などと、どこまで本気なのか諮りかねる質問を連発する清水氏。真面目に答える美術家氏。プラカードに目をやると、そこに記されているのは、オリジナルのテキストもあれば引用もあるが、いずれも芸術の商品的・制度的・イデオロギー的機能を批判する内容ばかりである。インスタレーションにパフォーマンスを組み合わせた意図までも質問されるに至り、思わず「しかし演劇もそういう総合芸術なのでは」と切り返す美術家氏。すかさず清水氏は「あー、そう言えるかもしれませんが、しかし演劇人は頭悪いですからねー」「いやー、アーティストというのは、我々凡人とは違って難しいことを考えるんですね」などと、これまた人を食ったコメントを連発。やがて会場からプラカードが一つ一つ表の路上へと撤去されていく。最後の一枚が撤去されたところで、「演劇/トーク」も終了となる。この、オブジェが空間に次々運び込まれ、次々撤去されていくという展開は、CUATRO GATOS の毎度のスタイルである。

実に愉快な観劇体験であった。「アート」やら「パフォーマンス」やら「コラボレーション」やらといったイメージが紋切型のコンベンションに過ぎないことを、その紋切型を敢えて過剰に増幅させる「演劇/トーク」によって暴露してしまう、もはや本気だかパロディだか判別できない上演であった。これも敢えてベタな言い方をすれば「寺山修司的」とは今日、こういう試みを指すのかもしれない。なにしろゲストの1組としてパフォーマンスを引き受けておきながら、その企画の中でぬけぬけとこういう脱構築的な振舞に及ぶのだから、痛快である。挑発的である。観て良かった。

上演後清水さんに感想を伝え、ふと思い立って、プラカードを1枚下さいとお願いする。快諾してくれた清水さん。そのプラカードには「ここ最近の芸術作品で政治的・社会的に影響を及ぼしたものがあれば、挙げて下さい。」と書いてある。もちろんこれは反語の類であって、「あるわけねーだろ?」と言外に語っているわけだ。上演中から気に入っていたそのプラカードを脚から外して貰い受け、「では今から新宿に行って、この芝居の続きをやります。これを持って立ってみます」「ああそれこそパフォーマンスですね」などとやりとりし、CUATRO GATOS の人たちに別れを告げる。

かくして新宿に移動。私は冗談を言ったわけではなく、[A-Art(ist) Talk] に対するレスポンスを本当に形にしてみたくなったのだ。新宿東口の路上に陣取り、プラカードを持って立ったり座ったりしてみる。通行人は奇異の目で見たり、ぼんやり目の前で突っ立ったり、失笑したり、反応は色々だが、概して冷たい反応である(当たり前だ)。しかし、飲み会帰りとおぼしき若者の一団が、好奇心にかられたようで「逆に、そういう作品があったら教えて下さいよ」と話しかけてくれた。嬉しくなってあれこれ歓談。「村上龍が北朝鮮をテーマに書いた小説は、社会的影響を持つと言えるのか?」などと、これまた愉快な議論におよぶ(紋切型の「パフォーマンス」にはできない芸当だろう、ざまあみろ)。お話しているうちに、その若者たちのひとりが、非常に面白い活動をやっていることを知る。LOVE JUNX というグループで、なんと、ダウン症の子どもたちとダンスを作る活動をしているというのだ。帰宅して早速サイトをチェックしたら、私などの活動とも大いに共通するところのある内容で、しかも、非常にしっかりとした運営体制でおこなわれていることを知る。面白い出会いがあるもので、この若者の一団とは今後交流を持つことになるかもしれない。これも、CUATRO GATOS の上演が生み出した予期せぬ結果の一つであり、清水さんに改めて感謝せねばならない。その LOVE JUNX のサイトはこちら。http://www.npotoybox.jp

というわけで、成果が得られたところで帰宅。楽しい1日であった。