学芸大で「ハムレットマシーン」を観る。


東京学芸大学・演劇学ゼミ・卒業生公演『ハムレットマシーン』を観に、東京学芸大学・芸術館ホールへ。脚本は言わずと知れたハイナー・ミュラーの代表作で、演出は、同大学で教授を務める、これもまた言わずと知れた黒テントの演出家、佐藤信。

展示室のような空間を利用した公演。観客は会場に1人ずつ入場する。と、中は暗闇。時折上方で、俳優たちがペンライトをつけたり消したりする。そのわずかな明かりを頼りに徐々に周囲の状況が飲み込めてくると、かなり狭い空間に観客が詰め込まれていることに気づく。満員電車のあの感じである。床面には砂が敷きつめてあり、靴底がジャリジャリと音を立てる。周囲は、すり鉢状になったベニヤで囲まれており、そのすり鉢の外縁部に足場が組まれ、その足場が舞台として機能する。つまり観客は、空間の中央に立ち、ぐるり360度を見上げて芝居を見物することとなる。観客を取り囲んで見下ろしている俳優たちは、時折クスクスと笑い声をあげ、観客を挑発する風情である。客入れが完了すると、鉄扉を閉め錠をかける音。観客の群の中に紛れ込んだ女優のモノローグが始まり、それに呼応して、足場の上でも芝居が始まる。

俳優たちは、皆一様に白いTシャツを着ており、殊更に役が固定しているという印象は与えず、むしろ交換可能なパーツとすら見える記号化された存在となって、テキストから喚起されたパフォーマンスを断片的に演じていく。台詞はかなり無機質な調子で音読され、意図的に感情同化は排除されたまま、淡々とテキストの順序通りに芝居が進行する。喩えて言えば、ロバート・ウィルソンほどテキストの意味性を解体してはいないものの、イ・マガツィーニほどベタベタなドラマに仕立ててもいない、という感じ。この独特の距離感のおかげで、テキストの内容は客観化され、むしろ鮮明に伝わってくる印象を受けた。

観客が闇の中に監禁されるという設定は、誰しも想起するであろうが寺山修司のようであり、今ならさしづめOM-2のようである。今日の実験演劇の担い手ならばこういう仕かけは、いかにも一昔前の「前衛」気取りと解釈されることを恐れて採用しないだろう。ところが信さんは、過去にもやられているとかそういうことを気にする必要はないんだ、と言わんばかりに、大胆にもこの仕かけでやりきってしまうのである。それも大学の卒業公演で。いやはや、参った。こういう言い方をすると怒られそうだが、しかし敢えて言ってしまおう--信さん、若い! いや、この若さは凄い。演出家の名を伏せ、才気煥発な20代の若者が演出した作品だと言われても、誰も疑わないはずだ。そのくらい、不思議な新鮮さに満ちた舞台であった。私が60を越したとき、果たしてこんな仕事ができるだろうか。いや、みっともなく老成してしまいそうな気がする。

30代の私ですら、桐朋短大でやっているのは八木柊一郎だったりするし、同じく桐朋短大で「前衛」をやっても一向に構わないポジションにいるペーター・ゲスナーですら、ミュラーの『戦い』は極めてオーソドックスな芝居として演出しているのだ。やっぱり自然と自主規制しているのである。そこへいくと、信さんが大学で演出した『ハムレットマシーン』は、一頭地を抜いてハジケている。学芸大の演劇学ゼミは、かなり面白そうな現場であることを確認した。昨今は多くの演劇人が、大学に迎えられて己の利権を確保しているわけだが(この話は、信さんもアフタートークで触れていた)、そういう醜悪で、卑小で、貧乏臭い振舞とはきっぱり一線を引いて、大学にしっかりとした文化的拠点を築いているところに、佐藤信という演出家の偉大さがある。

出演した学生さんたちに関しても、いわゆる俳優志望の学生とは違い、変にスレていないところに好感を持った。かつて桐朋短大の演劇科では、千田是也・安部公房・田中千禾夫といった錚々たる面々が教鞭をとっていたそうで、千田是也はブレヒト上演をよくやっていたらしいが、大学という場でこういう実験精神を発揮しているのは、今の演劇界では学芸大の信さんということになりそうである。彼にとって芝居づくりとは、「これで出来上がり」などという達観とは無縁のままに先へ先へと疾走し続ける、未完のプロジェクトなのだろう。演劇の永久革命論とでも言うべきか。なんだか、久々に参ってしまいました。負けてられないと思うのだけど、何をやれば負けてないってことになるんだろう。皆目見当がつかん……。

関連サイト

●東京学芸大学演劇学ゼミ=「エンゼミ」のHP http://www.u-gakugei.ac.jp/~theatre/

●佐藤信の個人劇団「鴎座」のHP http://members3.jcom.home.ne.jp/kamome-za/newpage27.htm

●学芸大公演「ハムレットマシーン」の感想を見つけました。 http://clubsilencio.seesaa.net/article/2548435.html