三島由紀夫を論ずる。


桐朋短大「演劇論B」最終回。この講義は「演劇と階級」というテーマであれこれ話をするつもりだったのだが、途中で試演会の演出を引き受けてしまったため、大した話ができずに終わってしまった。受講者の皆さん、ごめんなさい。

最終回くらいしっかりやろうということで、今日のお題は三島由紀夫。戯曲「鹿鳴館」を題材に、「華族制度」や「鹿鳴館」がそうであるように、三島にとって文学や演劇とは、西洋文化の滑稽な模倣に過ぎなかったのではないか、そして模倣を模倣と知りつつ、敢えてそれを過剰に・豪奢に・悪趣味にやりぬいてしまうアイロニーに、三島の本質があったのではないか、と分析。事実三島は、新劇というジャンルについて「西洋文化の律儀な猿真似だが、これほどの到達を示した猿真似を、ただ猿真似だからという理由でうっちゃっておくのは惜しい」と評している。三島の演劇観を見事に要約しているとおもうのだが、どうだろうか。正統派新劇人にはついぞ吐けなかった台詞ではないか。

さらに、「華族」や「鹿鳴館」のような虚飾の頂点に位置していたのは、近代の「天皇」である。戦後大衆社会にあって、「華族」も「鹿鳴館」も姿を消し、西洋を猿真似した文化的ヒエラルキーは役割を喪失したはずなのだが、その中でなぜか(占領権力の恣意によって)「天皇」だけが残ってしまった。そこでまた三島は、過剰に・大仰に・アナクロにその「天皇」のために「諌死」(と、私は解釈しているのだが)してみせるのである。

言うなれば、別に誰が頼んだわけでもないのだが、なぜか率先して嬉々として、戦後大衆社会における道化を演じきったのが、三島由紀夫だったと私は考えている。この仮説を提示して、最後に、「演劇は日本の大衆社会においてどんな役割を果たしうるか」というテーマでレポートを書くように、学生諸君に指示した。

この授業のために、新刊書店で三島論をあれこれ立ち読みしてみたが、三島の道化的な側面を論じている本はほとんど目につかず、むしろ、「美」だの「死」だの「絶対」だの、ロマンティックな文脈で論じているものばかりが目についた。そういった解釈は、三島当人がエッセイで開陳している立場をそのままなぞるものでしかなく、その線でいくと松原正の「何ひとつとして本気ではない」という批判に帰結するほかないのではないか。むしろあれは大がかりな挑発であり悪ふざけなのだ、福田恆存や松原正のような、くすぐったいユーモアで満足できてしまう御仁にはついぞ理解できないだろうが……と解するのが私の立場である。ちなみに私の本棚にある中で唯一共感できたのは、山本健吉「十二の肖像画」に収められている三島論であった。