愚痴をこぼす。


相変わらずバタバタしている。授業もないのに高校に通いつつ(時間の浪費としか言いようがない。これっていずれ構造改革のターゲットになるんじゃないのか?)、台本の執筆、ゲラの推敲、某舞台プロデューサーとの会談、そして学生さんの進路相談など。台本の執筆というのは、藤沢の高校の授業「演劇表現」のために、新たに台本を書き下ろすことにしたのである。内容はまだ固まっていないが、できればいまどきの若者の日常を、ちょっと希望のもてるスタイルで描きたいと考えている。これまでスタイルとしてきた実験的・批判的な要素は、今回は一切入れないつもりである。TTのS先生が、さわりの部分だけ生徒諸君が音読したのを聞いて思わず「青春だなあ…」と呟いておられたが、なるほど、これはまさに青春物語となるだろう。もちろん、私には既に「放課後の国のアリス」や「言葉は風にのって」のような、少年少女が舞台を駆け回って資本制の矛盾を告発するハードな演出作品もあるわけだが、今回はああいうのではなく、もっとほのぼのした作品に仕上げたいと思っている。私のようなおっさんが青春物語を書いたって誰も見たくはないだろうけれど、演じるのは本物の少年少女ですから、癒されたい人は観においで。でも、「こういう時期、あったよねー」みたいな感想は聞きたくないので、そういう感想しか言えない人は観に来ないように。

台本を書くのは楽しい仕事なので早く仕上げたいのだが、日本演出者協会のお金にならない雑務のおかげでやたらに時間を奪われている。ああもう勘弁してほしい。理事兼国際部長を退任することはもう決めているが、もう協会自体を辞めたくなってきた。だって、やっぱり、必然性ないもの! この団体については、俳優座や文学座や民芸や青年座や、とにかく新劇団の演出部に所属する若手の諸君が、責任をとってほしいんだけど。ひとりくらい顔を出しなさいよ。そんで、ちょっとは汗を流しなさいよ。なんで小劇場の若い衆が縁の下の力持ちなんかやってるのさ。そこまで含めてみんなで仲良く演劇業界っていう建前はその通りだけどさ、面倒なことは我々がやって、実入りのいい仕事は劇団内の若手(って誰なんだしかし)に回すっていう現実が、あるわけでしょう明らかに。いや別に金くれ仕事くれってんじゃなくて(私は要りません!)、なんか面倒なことばかり回ってくるのは、やりがいを感じられなくなりました。もう、お芝居は趣味にとどめますので。業界に仕事など求めませんので。私は、教育産業労働者として、普通に忙しいですから。

昨日は、プロ俳優志願のNさんと、舞台関係に就職を希望しているKさんが吉祥寺まで遊びに来て、卒業後の進路相談。なぜかNさんの実家、長崎の魚屋さんの話に終始する。実家からの援助が期待できるNさんは、これから数年の自己投資が勝負となるが、そういう余裕がないKさんは、長くても1年間の浪人生活の後には、なんとか就職を決めねばならない。厳しい現実であり、大したアドバイスはできないのだが、思いつく限りの情報をあれこれ提供する。

今日は職場で、母子密着の極端なケースについての報告を受ける。母親の玩具となることに抵抗を覚えない男の子が、確かに存在するのである。どうやって叱咤するべきか悩むが、職場のスタッフによれば、こういう場合に本人を説得して事態が動くことはまずありえず、かろうじて母親を説得できれば打開の糸口が見えるのだそうだ。やれやれ……。こういう話を聞くにつけても、父親は何をしているのか、と苛立ちが募る。私の乏しい経験から判断するに、主体性のある子供というのは、まず間違いなく父親の存在感が強い家庭に育っている。逆に父親の輪郭がぼやけている家庭に育った子は、どことなくボンヤリした、頼りない感じの子供に育つことが多い。フェミニストからすれば腹立たしい認識かもしれないが、これはもう事実なのだから仕方がない。おそらく林道義のような論客も、単に反動として片づけない方がよいのだ。父親が脆弱で家庭を顧みる責任感を持たず、そのぶん母親が独占欲を発揮して好き放題やって子供をスポイルしているとは……なんとも情けない話である。