「新劇」バックナンバーを眺める。


藤沢総合高校「演劇表現」。横浜青陵高校でこのあいだ如月小春の「DOLL」をやったところだが、こちらもぼちぼち脚本を持ち込もうということで、同じく如月小春の「トロイメライ」をリーディング。日常のスケッチのようなことをやらせてもあまりうまくいかないのだが、こういう御伽噺のようなもの(というか、アニメっぽい作品)をやらせると、みんなやけにうまい。このうまさは、青陵の生徒たちと同質である。声優の技巧が、無意識に作用しているということかもしれない。テレビ恐るべし!

そういえば以前、コミュニティダンス・ファシリテーターの南村千里さんに中高生が出演するミュージカルの振付をお願いした際、森の生き物を表現する場面を練習した後で、「みんな『もののけ姫』のイメージになってしまっている。本当の森を見たことがないのかな」と南村さんが言っていたのを思い出す。このあたりに、これからの演劇教育の課題が示唆されているような気がする(別に大自然と触れ合おうという意味ではない)。

ともあれ、リーディングの内容はなかなか面白かった。本番では、全員で一つの脚本に取り組みたいという要望が出ているのだが、はてさて何をやらせるべきかな……。

夜、早稲田大学中央図書館へ。藤沢や青陵の授業のためにちょうどいい戯曲がないかどうか、雑誌書庫で『新劇』のバックナンバーを漁る。私は中学生の頃(1983~86年頃)『新劇』を毎月買っていた。今日バックナンバーの目次を片端から見ていて気がついたが、ちょうど私が買っていた80年代中頃の『新劇』の掲載戯曲は、小劇場演劇が最も輝いていた時代を反映してか、実に魅力的なラインアップである。掲載戯曲に限らず、あの頃の『新劇』は本当に面白かった。アングラ第一世代には叶わないが、でもまあ、愉快な潮流に同伴できたのだから良かったんだろうな。早熟で得をした……ということにしておくかな。

それにしても、『新劇』のバックナンバーは、今となっては戦後演劇史の軌跡を語る貴重な歴史資料であり、演劇をめぐる言説の宝庫である。歴史家の視点で眺めるといささか熱が冷めて客観的にならざるをえないが、それも仕方がない。演劇ファンから出発した私は、ひょっとしたら死ぬまでプロの演劇人ではなく、一介の演劇ファンでしかないのかもしれない。ファンというのは、憧れの人とは友達にも仲間にもなれないという宿命を背負ってしまっている。大袈裟に言えば、それが私に課された歴史的制約なのである。松本零士の「千年女王」に墓守の女性が出てくるけど、あれこそ私がこの国の演劇業界で受け持っているスタンスである。

しかし……当分はそれでもいいが、アングラ第一世代が総退場してしまったら、私はいったいどうしたらいいのだろう。もうみんな還暦過ぎてるしなあ。このことを考える度に憂鬱になる。本当の墓守になるか、いよいよ亡命するか。亡命した方が前向きに生きられるような気はするけど。とにかく、30代40代でヘゲモニーを握っている小劇場演劇人たちとは、私は本当に肌が合わないのだ。例外的に尊敬していたのは岸田理生さんだが、彼女も他界してしまった。