芝居の本番を迎える。


有限会社ココリスの、会社設立記念パーティの当日を、ついに迎える。いよいよ本番である。

一昨日は静岡で深夜の会議、一泊して昨日は静岡のギリシア悲劇フェスの最終日に立ち会い、新幹線の最終で東京に戻った。その翌日なので体力的にはいささかきつかったが、早起きして、宿題になっていた小道具を作成。その他の小道具や衣裳をまとめて、家を出る。

正午、稽古場入り。危うく稽古場の確保に失敗するところだったが、某劇団のアトリエをレンタルすることができ、非常に助かった。いやはや、持つべきものは人脈である。

途中で、今日のパーティで司会を務めるFさんが運良く、助っ人として稽古に参加できることになって、合流。河崎さんも到着して、抜き稽古。Fさんから、ダダダッとダメ出しをもらい、大急ぎで修正して、ゲネプロ1回。桐朋出身の教え子の中でも演出的なセンスを持っている子は何人かいるが、Fさんはやはり一頭地を抜いている。わかりやすいフォルムを造型し、表現に隙を与えず、最低限エンタテインメントとして芝居を成立させようという意志が、嫌味のない演出行為を生んでいることがわかるので、こちらとしても安心して任せられる。

夕方、稽古場を出る。午後5時過ぎに渋谷のパーティ会場に到着。さっそく芝居のための仕込みをおこなうが、照明の確認だとか、立ち位置の決定だとか、持ち込んだ大道具(アンティーク家具)の梱包を解く作業だとか、なんやかや時間が経ち、開場の寸前に会場を出る。受付まわりでは、アルバイトで来てもらった桐朋のステージ・クリエイト専攻の学生諸君が、せっせと働いてくれている。

午後6時半、レンタル会議室に移動。2時間弱ここが楽屋代わりで、衣裳に着替える。今朝ダメモトで予約の電話を入れてみたら、これも偶然空いていたのである。稽古場の確保にしてもFさんの参加にしても楽屋の確保にしても、いずれも偶然が作用し、大変に運の良い1日であった。

8時半開演寸前に、全員で会場入り。坂口安吾・作「私は海をだきしめていたい」の、1回切りの本番を迎える。上演時間約30分。

終演後すぐにお客さんたちにアンケートを書いてもらったが、それを見る限り、なかなか好評であったようだ。司会者Fさんの巧みなさばきでパーティも楽しく進行し、予定通り午後10時に無事終了。大急ぎでバラシを済ませて、藤田社長以下、関係者だけで簡単な打ち上げをやって、帰宅した。

わずか数日の稽古で仕上げたコンパクトな芝居であったが、やはり芝居は芝居で、30分といえども全力投球で望むこととなった。私はずいぶんと台詞をトチッてしまったが、勢いで押し切った感じである。共演者である津島裕子は、「セックスのしすぎで不感症になってしまった元女郎」という難役を務めたわけだが、なるほど時に「不感症の元女郎」に見えるのだから、大したものだと感心してしまった。まだ若いのにあの圧倒的な存在感を出せるのだから、きっとこの人は、これからさらに器の大きな女優に成長するだろう。売れっ子になっても、志高くあってほしいものだ。それから、河崎さんの演奏は我々役者の演技と絶妙なコンビネーションを示し、相変わらずの腕のよさで、観客に大いにウケていた。

内容に関する注文を一切せずして、会社の設立記念パーティにこんなパフォーマンスを持ち込むのだから、今日いちばん緊張していたのは藤田社長かもしれない。相当に度胸が要ったと思うが、予想していたより以上に観客の皆さんが喜んで下さったので、私としても一安心であった。アシスタント中西さんにも、喜んでもらえて嬉しかった。

勧進元に納得してもらえる成果を出せたという点で、今回は、完全にプロフェッショナルの仕事であったと、敢えて自負してしまおう。そして私個人としては、“教え子”と共演できたことが何より嬉しいことであった。だいたい本来、芝居に“先生”も“教え子”もあるわけがない。そういうフィクショナルな関係性が消滅して、人間と人間が生身でぶつかり合う場が舞台なのだから。しかしかといって、大学で演劇教育を展開することが、全く無駄であるとも思えない。その矛盾をどう解消するか、という問題に対して、私としては今日、自分なりのやりかたで一つの決着をつけることができたように思う。まあ、そこいらの演出家にこんな真似はできないんじゃないか。なにしろ、ついこの間まで“先生”として対していた自分が、今度は演出家ではなく役者という対等な立場で、“教え子”だった女優さんと共演するのだから。しかも、その演技を演出するのも“教え子”のひとり、というおまけつきである。こけおどしが一切通用しない状況を自ら設定し、初心に帰って勝負をかけることで、自分の演劇人としての力量を試してみたつもりなのだが、それなりの結果を出すことができて良かった……と言っていいのかな。長い1日であった。