ココリスのパーティで寸劇の上演を請け負ったのは、盟友の藤田による会社設立を寿ぐためだが、それだけではない。私としては、こういう会員制パーティのような小さな場に持ち込める、機動力のあるユニットを作りたいと思っており、この寸劇作りはそのための前哨戦なのである。

大衆の趣味が多様化し、誰もが趣味のタコツボを超えた視点を持ち得ず、演劇もまたサブカルチャーの1ジャンルとしてしか存在し得ない現在、演劇はその特質も考え合わせれば、「なるべく多くの観客に、なるべく安価なチケットを買ってもらう」という薄利多売のビジネスを成立させることは、テレビで顔が売れている芸能人を客寄せパンダにでもしない限り(つまりは商業演劇の形態をとらない限り)、相当に困難である。しかしタレント興行をやるにしても限界があるだろう。となると今度は「少数の観客に、なるべく高価なチケットを買ってもらう」という、高付加価値のビジネスに転化させるしかない。要するに、これから演劇(のみならず舞台芸術全般)は、サロン的な場に興を添える幇間として何か演じてみせるという、中世的なパトロネージ形態に回帰するというのが、私の読みである。それでこそ真のポストモダンである。従って、そうしたサロン的な場に持ち込める小さな芝居のサンプルを、ここいらで一つ作っておきたいのである。

日本の演劇史を振り返っても、階層の如何に関わらず人が劇場に足を運ぶなどというのは、明治以降にようやく成立した歴史の浅い現象に過ぎず、それ以前なら、人形浄瑠璃や歌舞伎とてせいぜい町人(ブルジョア)を相手にしただけだし、さらに遡れば能や狂言は士族のみを相手にしていた。演技をしくじれば切腹を覚悟せねばならないという緊張感が、能の様式的な完成をもたらしたと言えよう。もっと遡れば、宮廷や寺社が保護していた芸能が色々あるはずだ。西洋演劇史を振り返っても、ギリシア悲劇ですら観客は市民階級に限定されていたのである。とすると、演劇というのはもともと観客を選別=排除するジャンルであり、観客動員数などというものは二義的な重要性しかなく、肝心なのは数よりも質、つまり創り手と受け手の関係性の充実如何ということになろう。まして演劇人が「大衆的な広がりを」などと無理難題を言い始めたのは、日本の場合、戦後になってからの話ではないか。しかしもはや、芝居を観ることがちょっと気取った市民のたしなみであったり、芝居による問題提起が広く学生・労働者大衆に共有されたりするような時代は決定的に終焉した。となると我々演劇人は、パラサイトのための次なる宿主を探さなければならない。

例えば、比較的蓄えのある若い社会人にターゲットを絞るとしよう。その場合、「芸術」的なイメージを打ち出すような営業戦略は失敗である。ビジネス一般にも共通する価値観を鮮明に打ち出しつつ、同時に好きなこともやり、なおかつお客さんにも納得してもらえるクオリティを追求せねばならない。これが今後の課題である。