普通劇場『じぱんぐ零年』通信第7号


まだ巷の誘惑に心ひかれ、リア充でもないくせに、なんとなくフラフラと街をさまよい、結局TSUTAYAで『ダイ・ハード』なんか借りて家に帰るそこの君! なぜ君は自分に正直になって、『じぱんぐ零年』を観ようと思わないのか!! 意地を張るのはやめたまえ!!!

本当はもう仕事などやりたくないのに、周囲の「年末進行」の掛け声にのせられ、同僚の残業にしかたなくつきあっているそこの君! なぜ君は今こそ「ちょっとインフルエンザで…」と1本電話を入れて、『じぱんぐ零年』を観ようと思わないのか!! 格好つけるのはやめたまえ!!!

明日が初日だ!!!!!

以下、ここにきてお蔵入りしかかっている、一場面を紹介しよう。

 

サンデル  さあ、授業を始めよう。今日のテーマは「日本人は道徳的に優れているかどうか」だ。誰か意見のある人?

板垣    その議論の前に確認しておきたいんですが、教授のおっしゃる「日本人」というのはどういう意味ですか。日本国籍を持っている「日本国民」ということですか。それとも、民族としての日本人なのか、人種としての日本人なのか、日本語を話す人たちなのか。

サンデル  私が言っている日本人とは、ジャパニーズのことだね。

板垣    いやだから、そのジャパニーズを定義して下さい。

サンデル  ジャパニーズとは、日本人のことだね。

全員、「それは定義になっていない」と教授に反論する。

サンデル  わかった。ではこうしよう。日本人とはジャパニーズのことである。こう仮定したとして、日本人は道徳的に優れているだろうか?

板垣    いやだから、その仮定がそもそもおかしいんで、議論ができないです。

サンデル  君の名前は?

板垣    志穂です。

サンデル  志穂、ここは哲学の教室だ。日本人とは何かを厳密に定義するのは、民族学者にまかせておこう。私たちは哲学的な問題を考えるためにここに集まっている。

板垣    おっしゃっている意味がわかりません。

渡部    面倒だから先に進みましょう。教授が問題提起しているのは、日本人っていうもやもやっとしたイメージが、道徳的っていうもやもやっとしたイメージと結びつくかどうか、ですね。

サンデル  半分は正しいが半分は間違っている。道徳的であることは、決して、もやもやっとしたイメージではない。では道徳的とはどういうことだろう? 意見のある人?

 

サンデル教授も友情出演するかもしれない、普通劇場パフォーマンス『じぱんぐ零年』に興味がわいた方は、こちらをクリック → http://www.zipangu-zero.com/