普通劇場『じぱんぐ零年』通信第4号


いよいよ全貌をあらわすパフォーマンス『じぱんぐ零年』。

当日配布するパンフレットに掲載する文章を執筆しましたので、ご一読下さい。↓

 

じぱんぐ零年としての2011年

大岡 淳(普通劇場)

白煙を上げる福島第一原発の映像をテレビで見て、戦慄した。原子力発電の仕組みを大急ぎでおさらいし、インターネットで情報を収集し、危機的事態ではないかという観測と、大騒ぎするような事態ではないという観測が飛び交う中、ようやくわかったことは、この事故がどのくらいの規模のものであり、拡散する放射能がどのくらいの量であり、その放射能が人体にどの程度の影響を及ぼすのか、専門家ですら意見はまちまちであるという一事であった。判断基準などどこにも存在しない。頼れるものは自分自身の動物としての直感しかない。情動に流され非理性的な判断を下し「小泉改革」に喝采を送った人々を批判しているはずの自分が、結局は、直感で行動するしかないとは皮肉である。理性では、政府や東電やマスコミの言い分を信じたかったが、本能では、恐怖心しかわいてこない。恐怖心は人間が生きのびるための本能であり、勇敢であることが常に賢明であるとは限らない。昔、ヤクザな現場で働いていたときに感じたことだ。なだいなだもそんなことを言っていたっけ。

決断した。まっさきに、妻を関西に逃がした。昼間の新幹線が、母子連れでいっぱいになっていることに驚いた。こういうとき、人は静かに行動するものなのだと知った。次に、地方から東京に出てきている学生数名の顔が浮かび、今すぐ地元に帰れと伝えた。その次に、勤務先である河合塾COSMOに電話して、生徒たちが疎開する必要があるかもしれないから、しばらく授業は中止にしてほしいと訴えた。さらに、もう辞めていたから何の義理もないのだが、桐朋短大の関係者に電話して、卒業式は中止にした方がいいと告げた。取り急ぎできることはやった、と一息ついた。

次に考えねばならなかったのは、芸術監督を務めていた月見の里学遊館で制作中のミュージカルをどうするかということだった。首都圏から移動してくる歌い手たち、ミュージシャン、袋井市民クワイア、浜松から助けに来てくれたスタッフ、そして、館専属のスタッフおよびボランティアスタッフ。全て合わせれば、70人位の大集団である。もちろん何事もなく本番を迎えたいが、もしここで、懸念される最悪の事態である水蒸気爆発が起きたらどうなるか。当然、このチームはその時点で解散である。さらに西へ逃げのびる必要もある。しかし、事が起きた後で東名高速や東海道新幹線が使えるとは到底思えない。となると、事が起きる兆候が見えた時点で、ただちに解散を宣言し公演を中止するしかない。本当は私に公演中止を決める権限などないのだが、大集団を前に、私を信頼するなら私の判断に従ってほしいと訴えた。そして、稽古の合間合間にテレビのニュースとネットの情報を注視した。5号機の外部電源が復旧したというニュースを劇場で皆に伝えたときは、拍手が起きた。今は平時ではなく戦時なのだな、と思った。そして、口では偉そうなことを言いながら、現実の社会に対して自分が働きかけることができる範囲とは、高々この程度のものだったのだ、と思い知った。

今になって思い返すと不思議なくらい、自分自身の身の安全については考えなかった。かといって、顔なじみではない他人様をどうにかせねば、なんてことも、やはり考えなかった。自分が親しくしている人たちを放射能の脅威にさらしたくない。考えていたことはただそれだけで、それが利己的な姿勢なのか利他的な姿勢なのかはよくわからない。まあ、純粋な利己も純粋な利他もありえないというありふれた話ではあるのだろう。私は凡庸な人間だ。

無事に公演を終え、妻を追って関西に向かった。ふとアイン・ランドの著作『利己主義という気概』が頭に浮かび、この「利己主義」の由来が少しわかったような気がした。誰しもユダヤ人迫害が予想できたというのに、ナチス・ドイツから脱出できたユダヤ人と、そうでないユダヤ人が存在する。とすると、脱出できた人々が、脱出できなかった人々に負い目を感じるということもありうるだろう。アイン・ランドに限らず、過度に「利己主義」を強調するユダヤ系アメリカ人の知識人たち(ネオコン)は、その負い目を払拭したいのかもしれない――利己的な選択は決して責められるべきではない、という哲学によって。

しかし日本人である私は、自分のとった行動の善悪を厳格に問いただす倫理主義とは、最初から縁がない。少々善いことも少々悪いこともしながら、日々流されて生きているだけである。ただそれでも、2011年は忘れられない年になるだろう。だったら、2011年の内に「私たちにとって2011年とはどんな年だったか」を記憶にとどめる舞台を創っておこう。そう考えて、若い仲間たちに声をかけ、今日の本番にたどりついた次第である。

 

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