ジョングルールの音楽世界へ!


ジョングルール・ボン・ミュジシャンのコンサートの稽古が、順調に進んでおります。芝居仕立てで、歌の世界観を立体化させる、愉快なコンサートに仕上がりつつあります。

そもそもジョングルールとは何か。ルネサンス以前の西洋中世(特に12~13世紀あたり)において、宮廷で催される宴やら、街中で催される祭りやらで、庶民の音楽として愛好されていたのは、トゥルバドゥールが作った歌でした。トゥルバドゥールは「吟遊詩人」と訳されますが、実際は「吟遊」するスナフキンのような存在ではなく、知識階級である宮廷貴族が主体で、作詞作曲を得意とした人々です。このトゥルバドゥールが、12世紀の南仏に突如発生し、今日「中世的」と形容されるような、騎士から貴婦人(人妻)へ捧げた恋の歌を、オック語で歌い始めたのです(これがさらに北仏やイタリアへと広まりました)。そして、このトゥルバドゥールが作った歌を、実際に演奏し歌ったのが、ジョングルールです。ただし、彼らが歌ったのは必ずしもトゥルバドゥールの歌ばかりだったわけではないし、それどころか、歌や演奏以外にも、曲芸をやったり、場合によっては娼婦のようなふるまいに及んだり、ということもあったようで、つまりは、中世社会のコスモロジーの中で最下層に位置し、差別された賤民の一員に他ならない、マージナルな「放浪芸人」――それがジョングルールです。中世楽器のヒエラルキーの中で最下層に位置するハーディ・ガーディを弾いたのも彼らです。そして、賤民であればこそ、時には、その歌や芸を通して神の恩寵を啓示することもあったのだろうと推察します。ちなみに、シアトリカルな世界観を重視する林達夫は、アナトール・フランスの短編小説「神の軽業師」に、象徴としての「軽業師」すなわちジョングルールに注目しました。ジャグリングという言葉の起源もこのジョングルールにあります。

それにしても、なぜトゥルバドゥールは12世紀南仏に出現し、それまでは存在しなかった貴婦人への恋、いいかえれば、現代に通じるロマンチック・ラブを歌い始めたのか。アンリ・ダヴァンソン『トゥルバドゥール』(筑摩叢書)は、古典古代にまで遡るラテン語詩にその起源を見出していますが、対するに伊藤俊太郎『12世紀ルネサンス』(講談社学術文庫)は、イベリア半島経由で、アラブの恋愛観が12世紀に、西洋に流入したのだろうと説明しています。西洋社会では、11世紀から農業技術の進歩により生産力が向上し、貨幣経済が徐々に拡大しました。これを受けた12世紀は、ユーラシアの辺境であった西洋が――十字軍が典型ですが――外部世界(とりわけアラブ世界)へと食指を伸ばし始めた時代ということになります。これを12世紀ルネサンスと呼ぶわけです。西洋の史家たちが12世紀ルネサンスを強調するのは、「暗黒の中世」観を克服し、中世から近代へと続く西洋社会の連続性を浮き彫りにするためですが、日本の史家たちは逆に、イスラムを抜きにして西洋近代は成立しえなかったことを証明するために、12世紀ルネサンスに注目しています。この対比はなかなか興味深いですね、もちろん正しいのは後者でしょう。ともあれ、「恋愛」に普遍性なんかないということはよく語られますが、では、いつどのようにして「恋愛」が社会的通念として定着したのかを考える際に、12世紀がその解答として浮上してくるわけです。面白いでしょ。

さて、このジョングルールの音楽世界を、現代日本に復活させる試みを続けているのが、ジョングルール・ボン・ミュジシャンです。既に本サイトの「Schedule」欄で告知済みですが、縁あって、彼らのコンサートの演出を担当することになった次第です。林達夫・久野収『思想のドラマトゥルギー』(平凡社ライブラリー)を教科書として演劇を学んだ私にとって、これはまさしく運命的、いや必然的な出会いであります。ベテラン音楽家集団の魅力を最大限に引き出し、彼らの音楽世界をより親しみやすいものとして提示すべく、頑張っております。普通劇場パフォーマーの石橋愛子もゲスト出演します。

一昨日もムーブメントで出演する「蝋燭とジョングルール」という歌の稽古を石橋さんとやっていたんですが、聖母マリアへの祈りが通じ、ジョングルールの弾くフィドルの上に蝋燭が現れるというストーリーは、アナトール・フランスの「神の軽業師」そのものじゃないかと気づきました。最も賤しい存在が、最も崇高な存在へ通じるダイナミズム。阿部謹也や網野善彦の中世史学を想起しますね。日々、発見があります。

そして昨日の全体稽古では、音楽家の皆さんに奮闘していただきました。冒頭にも書きましたが、非常に愉快なコンサートに仕上がりつつあります。私は96年、26歳の折にダンテ『神曲』を演出しているんですが、あのとき作りたかった舞台はこういうものだったんじゃないか、と今さらにして痛感しています。大岡のエンタメ色が明確に打ち出されているので、どなたでも楽しんでいただけると思います。なにしろ「ジョングルールって寅さんだよな」というのが私が立てた演出コンセプトなので。このようなエンタメ色は、静岡で演出家として働きながら身につけたものだということをつくづく感じます。東京でずっと活動していたら、もっとダークな演出をやっちゃってたことでしょう。逆に言えば、この6年間、SPACや月見の里学遊館でやってきたテイストの演出を、いよいよ東京でお見せする時が来たということです。ぜひいらして下さい!

コンサートの詳細およびチケット予約は、ジョングルール・ボン・ミュジシャンのウェブサイトからどうぞ! http://jongleur-japon.com/