月見の里学遊館芸術監督退任のご挨拶


2年間に渡り、袋井市・月見の里学遊館で芸術監督を務めて参りましたが、このたび退任いたしました。この間、ご指導・ご協力・ご支援いただいた皆様に、改めて感謝申し上げます。芸術監督に就任する以前、ワークショップ・ディレクターを1年間務めていましたので、計3年間、月見の里学遊館で活動してきたことになります。

退任いたしましたのは、静岡に引っ越して以来、すっかり忙しくなってしまったことが一番の理由です。今年度は、従来通りのSPAC文芸部スタッフとしての業務に加え、静岡県芸術祭企画委員、はままつ演劇人形劇フェスティバル企画委員、静岡文化芸術大学非常勤講師、鳥取大学非常勤講師を務めます。また、鳥取緑風高校でもスポット講師を務めます。そして岡山の「犬島 海の劇場」では、舞台芸術と地域の交流塾というプログラムに、企画段階から関わっています。月見の里学遊館で学んだことは、これから、上記のような様々な現場で、さらに拡大・発展させていくつもりです。

月見の里学遊館は、市民参加によって運営されるワークショップ・センターであり、ここで芸術監督としてプロデュースした事業の数々は、遡れば98年に神奈川県立大師高校で演劇の授業を受け持ち、また、PETA(フィリピン演劇教育協会)の研修で演劇ワークショップの手法を学び、以来、演劇のみならず、ロールプレイという手法を転用して様々な目的に応じたワークショップを設計してきた私の、とりあえずの集大成となったような気がします。

また、自身で演出した作品も、パフォーマンス作品『夜の青空』『シベリアの道化師』、VOJAゴスペルライブに挿入した『ハックルベリー・フィンの冒険』『賢者の贈り物』、出演もこなした『魔法使いの弟子』、市民参加劇『喜劇ゴリ押し結婚』、そしてゴスペルオペラ『トゥリーモニシャ』という具合で、こうやって並べてみると、力の入った創作を続けてきたと、我ながら思います。とりわけ――SPACの仕事とも響き合いながらなされたことですが――演出家として身体表現の方法論をそれなりに形にすることができたのは、大きな成果でした。

そして、市民ボランティア・スタッフをはじめとして、静岡県西部に暮らす、様々な面白い人たちに出会えたことが、私にとってなによりの財産となりました。

多くのアーティストやアカデミシャンの方々が、快く招聘に応じて、学遊館でワークショップやレクチャーや公演をおこなって下さったことにも、改めて感謝申し上げます。非常に多くのことを勉強させていただきました。どうもありがとうございました。

芸術に関して、プロ/アマという線引きは、近代という時代に固有の現象に過ぎない。テクノロジーの発展によって表現技術を習得することがますます容易になりつつある現在、芸術は、人々が相互に表現し合い理解し合い、物事を学習するためのコミュニケーション・スキルへと転換する、というのが、私が学遊館におけるワークショップの意義として考えていたことでした。従って「芸術監督」というのも、名前は仰々しいけれども、実際に果たしていた役割はファシリテーターだったと思います。

ただ今になって思うのは、アマ/プロという線引きがもはや有効ではないとしても、日常生活をいくらか犠牲にして、表現活動を継続することにはそれなりにエネルギーが必要であり、そのような継続を可能にする力をどう考えればよいのか、安易に「他人に認められたいという欲望」に回収してしまっていいのか、再検討しなくてはならない、ということです。

およそ表現行為なるものは、多分に自己表現としての要素を含み、それゆえ、自己満足に帰結するところが大きい。だが同時に、そのような表現行為が自己表現にとどまることに飽き足らず、自己の限界を超越し普遍性を獲得することもある。これが、表現行為につきまとうパラドックスでしょうね。

アマ/プロの境界が消失し、誰もが芸術表現をなしうるが、その表現行為が、承認欲求を満たす「コミュニケーション・ツール」の範疇にとどまるか、あるいは、その範疇を逸脱して、安易な理解を拒絶する絶対的な存在を開示しうるか。その違いは、なおも歴然とあるということが気になっています。そこで私としては、これから、あえて後者の可能性を探る冒険へ踏み込んでみたい誘惑にかられています。以上が、現時点での総括です。

なお月見の里学遊館で、大岡は今年度いっぱいは、舞台芸術アドバイザーという肩書で、時々顔を出すことになっています。今後とも、月見の里学遊館をご愛顧・ご活用下さいますよう、なにとぞよろしくお願い申し上げます。