3.11の後に考えたこと。


福島の原発がまだ何も収束していないというのに、世間では既に3.11は「寄付もしたし、もうおしまい」という空気ですな。計画停電も中止、都知事も石原慎太郎が継続で、首都圏は既に平常通りですか。それも不思議な話で、我々はまだ非常時の渦中にいるはずなのに、既に「戦後」のような白々とした空気が広がっている。この状況で放射能の危険性なんぞ語ろうものなら「みんなが忘れようとしていることを、わざわざほじくり返して何の真似だ!」と睨まれ、村八分にされてしまう。そこにはひとつも合理的な判断は存在しない。ただもう、見たくない現実から目をそらし、元通りの「日常生活」を保守したいという、集団的なヒステリーが存在するばかりですな。

おかげで、私は色々なことを学びました。例えば、なぜ日本が大東亜戦争で英米に大敗したのか。というか、なぜわざわざ負けるとわかっている戦を始め、空襲や原爆でこの国が焦土と化すまで、やめることができなかったのか。大本営発表に騙されたから、ではない。大本営発表は、要するに、みんなが聞きたいと願っている内容を喋っていただけだ。仮に報道が戦況を正しく伝えたところで、誰も聞く耳を持たなかっただろう。日系移民における「勝ち組」の発生もむべなるかな。私たちは、日露戦争で勝利勝利と大騒ぎし、賠償金が取れないと知るや日比谷焼打ち事件を起こした大衆心理から、ひとつも成長していませんね。

つまるところ、我が国は「近代社会」の構築にしくじったのだと思うしかありません。メンバーが互いに意見を交わし、最も合理的な解を選択し、人材や物資を適切に配置し、行動に移る。ただそれだけのことが、職場でも、地域でも、学校でも、官庁でも、議会でも、どこでも成立していない。「何を言ったか」ではなく「誰が言ったか」を気にかけ、実質よりも体面を重視し、戦略の破綻を「現実的」と受け流し、物事は「空気」によって自然と決まってしまう。何度も言われてきたことですが、ここのところ、痛切に実感しています。このような社会で「近代の超克」を語ることは茶番でしかないでしょう。

3月にコスモで上演した三島由紀夫の『弱法師』の中に「だって、もう終ってしまった世界に花が咲きだすのは怖ろしいことじゃないか。もう終ってしまった世界の土に水を灌ぐのは!」という台詞が出てくるんですが。正直言って、私はこの台詞の意味がよくわからなかったんですけど、3.11を経た今こそ納得できます。なにしろ今や、喩えて言えば、まだ終わってすらいない世界に、誰もが早々と花を咲かせ始めている。そこで交わされる合い言葉が「がんばろう日本」なのでしょうね。『弱法師』の主人公・俊徳は空襲によって失明し、盲目であることによって「戦後」の現実を受け入れることを拒み続ける。「戦後」は彼には醜悪な代物でしかない。そもそも、ただちに「復興」にいそしむ人々の心理が、彼には理解を絶したものであり、その楽天性は「怖ろしい」とすら感じられたのでしょう。ついでに言えば、育ての親の高安夫妻は、戦前戦中戦後と変転する時勢に迎合してきた現実主義者の趣があり、生みの親の川島夫妻は、なにやら獄中非転向を誇る共産主義者のナイーブさが透けて見えないこともない。両者とも、カタストロフを見ているようで見ていない。

運よく生き残ったものは、必死に懸命に生き続けることが、死んだ者たちに対するせめてもの償いである――それが正論であることはわかりますが、正論ゆえの暴力性ってものもあるでしょう。私は、既に失われたもの、現に失われつつあるもの、これから失われるものの大きさを思うと、なお愕然とするばかりで、何を言うべきなのかわからなくなります。とうてい、失われたものを、自分の生によって埋め合わせできるとは思えない。何かが終わって、何かが始まるわけではない。終わりも始まりもともに〈無〉へと飲み込んでしまうような、根源的な滅亡の時が、露呈したのではないか。そんな気がしています。