桐朋短大の非常勤講師を辞めます。


帰国した途端に、放っておいた仕事の数々が一気に押し寄せてきまして、休む間もなく働く日々です。岡山の中学生たちを相手に演劇ワークショップをやり、はままつ演劇・人形劇フェスティバルのファイナル・イベントに出し物を提供し、SPAC高校演劇フェスティバルの演出指導に赴き、月見の里学遊館の会議に出席しました。これから大学の成績をつけ、さらに、3月ゴスペルライブに提供するミュージカル・パートの台本を書き上げねばなりません。このご時世に仕事があるというだけでありがたいですが、私なんかに仕事が押し寄せてるってのは、これから日本社会が30年代アメリカのニューディール政策を反復する予告編なのかもしれません。統制経済の行き過ぎで、その先に戦争が待ち構えていないことを祈るばかりですがね。

ところでいよいよ4月から、東京の住居を引き払い、名実共に静岡県民になります。既に書きましたけど河合塾COSMOには残り、桐朋短大は辞めます。桐朋については、なんだかあっけない幕切れだなあ、という印象です。ここで、桐朋についての総括を書いておきます。

帰国して早々に、静岡市立商業高等学校演劇部を応援すべく、茨城で開催された高校演劇の関東大会を観に行ったんですが、実践を学べる専門学校や大学のパンフレットが会場ロビーにずらりと並んでいるのを目にして、改めて、ああこうやって高校と大学がつながるのか、と納得しました。はっきり言って高校生はいいカモですね。

私が桐朋生に言ってきたことをひとことで要約すれば「プロの俳優やタレントになるという夢をあきらめる条件を決めておけ」ということです。こんなことをしつこく主張する講師は私しかいなかったはずです。だって、企業社会の中で働こうと思ったら、新卒で就職して履歴書に穴があかないようにしなければならず、それができなかったら、今の世の中では生涯、非正規雇用に甘んじるしかないわけで、同じ仕事をしていても下請けの劣悪な労働環境を強いられ、賃金にも大きな差が出ることになるでしょう。俳優を目指すということは、すなわち企業社会のレールから外れるということで、一生遊んで暮らせる資産を相続できる人なら好きに生きていけばいいですが、そうでなければ、俳優ごっこにうつつを抜かしている間に、年々労働力としての価値は下がってゆくわけです。従って、カタギの人間として企業社会の片隅に食らいつくなら、なるべく早い方がいい。女の子だって、いざとなれば結婚すればいいと言うけれども、この「婚活」時代、安定雇用に就いている優良物件をつかまえようと思ったら、やはりなるべく若いうちに動かねばなりません。だから、夢をあきらめる日付こそ、諸君には必要なのだ!

……と、そんなことを毎年毎年語って、演劇専攻の学生さんたちの過半から毛嫌いされてきたわけです(笑)。しかし私がいなくなると、あとはもう「俳優は芸術家だ」とか「演劇が受け入れられないのは先進国として恥だ」とか、愚にもつかない自己正当化のお喋りしか残らないんじゃないでしょうか。だいたい、いまどき俳優を志して大学に入ることを許容し、カネを出す親御さんは富裕層なので、桐朋に来るような子は坊ちゃん嬢ちゃんではあるんで、彼らに現実を直視させることこそ、私は自分の仕事だと思ってきたんですな。

私自身、20代の全てを演劇活動に費やしてしまったんですけれど、桐朋生とひとつ違うのは、私は別に芝居のプロになりたいなんてことは考えなかった――いやむしろ、芝居のプロになんてなりたくないという気持ちの方が強かったわけです。自分のやりたいお芝居が商売にならないことなどわかりきっていた、というか、20代の私にとって、演劇は日本を共産主義化するための一手段(笑)でしたので、資本主義に迎合するわけにはいかないと考えていましたね。そういう意味では「演劇人=左翼」という、極めて凡庸な図式にあてはまっていました。それで、中途半端に芸能人化している新劇の人たちや、売れっ子になりたいと考えている小劇場の人たちを軽蔑していました。逆に、解体社だとか、犯罪友の会だとか、最初から資本主義の外側で生きているような人たちのことは尊敬していました。20代の私に「君、いつまでもそんなことをしていたら食えなくなるぞ」と説教したら「上等だ、食えるのとひきかえに身も心も搾取されるシステムなんぞ、ぶっ壊してやるからな!」と鼻息荒く反論したことでしょう。ここまで行っちゃうと、つける薬がありません。インテリヤクザですね。

しかし桐朋の子たちに、そういうファナティシズムはないのです。彼らはあくまでもプロになりたいのです。役者をやることが、この社会の秩序から逸脱することを意味するという、河原乞食としての本質は見ていないのです(現実の芸能界は、ヤクザとつながった魔窟であるにも関わらず!)。だとすれば、洗脳を解除して、まっとうな市民社会の一員に戻してあげるのが、せめてもの私の仕事だろうと考えたわけです。

私がいま舞台の世界で食えているのは、商売にしようという発想が不潔だと思えるくらいに、全てを芝居に注ぎ込んでいたからでしょう。新劇だって、政治運動としての一面を持っていたからこそ、逆にプロ化できたんですよ、本来は。ただ今の50代以下の新劇人は、演劇の存在意義を本気で疑ったことはないでしょう。劇団の新人養成システムが家元化しているから、そこを勝ち抜いたというだけで、なにか社会的な評価が得られたように錯覚するんでしょうね。「芸術性」ってやつですか。狭い世界の住人ですなあ。

閑話休題。最初から役者をやることが商売になっちゃう人がいるとすれば、それはよほどの美男美女であって、そんな人はもう中学時代・高校時代から芸能プロダクションで、タレントとして仕事ができているはずです。そうでないのであれば、私の言うことを聞いておいた方が賢明だと思いますけどね。結論としては、「食えなくても一生続ける」という強烈な信念の持ち主だけが、あるいは、舞台の業界で「食える」資格を得るのかもしれない、と。しかしこの逆説だけは、いくら説明しても、ついに理解してもらえなかったという気がします。桐朋生たちは「食える」ことを期待して入学してきますから、私に言わせれば、その時点でほぼ全員アウトなんです。つーかそれ以前に、みんな演劇のことも映画のことも何にも知らないからね、本当は。中学2年の大岡君ほどの知識もないんだから。中学の頃から私は『新劇』を毎月買って熟読し、白水社や而立書房が出している戯曲を読み漁り、川本三郎の演劇批評に親しんでいましたよ。そういう蓄積もなしにプロになろうって根性がおこがましいんだよ。要するに、ちやほやされたいだけじゃないのか、君たちは? 本当は演劇が好きなわけでも映画が好きなわけでもなく、自分が好きなだけじゃないのか、君たちは?

現実の世の中において、個々人が英雄になったり、主人公になったりすることはできず、誰もが匿名的な存在のまま、寂しく空しく物足りなく生きざるをえず、そして死ねば忘れ去られる。人生なんてしょせんそんなものであり、そのことを受け入れない限り人生の素晴らしさにも気づけないはずですが、そんな現実から目をそらし、あたかも自分がこの世の主人公になれるような幻想にしがみついて、芸能人や芸術家、つまりは有名人を目指している。こういう稚拙なメンタリティを「夢」とか「個性」とか「自己実現」とかいう言葉で飾り立てる社会は、どこか狂っていると言わざるをえません。こういう「理想の自分」を追い求めるメンタリティを、哲学者キルケゴールが何と呼んだか皆さんは知っていますか。「死に至る病」あるいは「絶望」です。ナポレオンになろうとして老婆を殺害するラスコーリニコフの狂気です。お気の毒です(笑)。

対するに私は、舞台で見せるべきは「夢」ではなくて、変革されねばならぬ現実そのものだ、とするブレヒトの思想に共感しました。今はさすがに、演劇で社会変革ができるなんて思っていませんけど、挑発することはできるかな、くらいに思っています。もっとも、演劇でなければならない理由は別にありません。手段は何でもいいんですが、とにかく私は、この世の中をからかい続けてやろうと決めています。糞真面目な人や威張っている人を見たらからかいたくなるのは、性分なんで、こればっかりはどうにもなりません。

ところで、ブレヒトに共感するがゆえに桐朋とそりが合わなかったというのは、本当は大変に皮肉なことです。桐朋の演劇専攻は、千田是也がブレヒト研究の拠点としていたところだからです。これは、私の問題ではありません。桐朋の問題です。……と、さんざん悪態ばかりつきましたが、実のところ私は、この学校で出会えた人たちのことが好きでした。COSMO生に対して抱いているような共感はありませんけど、でも好きでした。みんな真面目だったからね。からかってごめん(笑)。