元旦の日記を投稿したのは1月3日ですが、これはポンピドーセンターからのアクセスでした。ポンピドーは想像していた以上に広く、ぜんぶ回り切れなかったです。しかし、常設展でマルセル・デュシャンの『泉』の本物に出会って感激しました! これかあ!! あの便器!!!

……と、ここでハタと気づくのですが、『泉』の「本物」ってのも、なんだか変な話ですね。「ああ本物だ!」と感激している時点で、デュシャンの仕掛けた罠にかかったような気がして、実に愉快でした。この体験ひとつで、パリに遊びに来た甲斐があったというものです。

パリの街は何もかもが美的に構成され遊び心に満ち溢れていて、見飽きることがありません。これまで多くの日本人をひきつけてきた理由がよくわかりました。この街の美意識に太刀打ちできるのは、日本では京都か金沢くらいでしょう。もっとも個人的には、キッチュを極めた香港が、やっぱりいちばん好きな街です。『ブレードランナー』世代(?)だからかもしれません。しかし、人種の坩堝と化してなお美意識を維持するパリも素敵です。

それにしても、ポンピドーで現代美術の数々を浴びるように味わうと、なんだか、自分の発想の小ささが恥ずかしくなりますね。人間として、小さくまとまっちゃいかんよなあ、なんてことを考えます。独立起業を目指している人たちは、ぜったい一度訪れてみたらいいですよ。イノベーターとしてのセンスが磨かれると思います。どんなジャンルにも「コロンブスの卵」ってあるんだなあ、ってことがわかりますから。デュシャンもそうです。俗っぽい理解ですけど。

スケールの大きい人間でありたいなあ――なんて、馬鹿みたいですけど、ポンピドーでそんなことを考えました。

さて、『踊る世界(小)経済史』の稽古も佳境に入っております。この日記は1月4日に記しております。いよいよ8日は初日です。フランスの観客がどんな反応を返すのか、大変楽しみです。見た目は非常にシンプルな演出なんですけど、内容は日々変貌しており、ディテールを追いかけるのがけっこう大変で、ノート片手にスタッフ・キャスト各位の間を情報収集して走り回っています。できればもうちょっとムーブメントを深めたいところなんですが、それどころじゃなくなってきました。

単純に、この公演の演出助手としての仕事が一通りできるようになっておけばいいだろうと思っていましたが、よく考えてみると、フランス組が合流するのは最後の1週間のみで、それまでに日本人出演者のやることは全て仕上げておかねばならないので、これは助手というよりも、いきなり難しい交響曲の譜面を渡された新人指揮者のような気分です。自分なりの解釈を入れない限り演奏は成立せず、しかもその作曲家が最後の1週間で、ソリストを連れて現場に乗り込んでくる、みたいな、どえらい厳しい条件の仕事だということに、ここに来てようやく気がつきました。

しかし、厳しいだけに、やりがいがあります。この現場は、舞台人としての自分を鍛える良い機会になっています。私は舞台の世界では最初から演出家を名乗ってしまい、劇団や劇場に所属するということを一切経験しないまま、何もかも自己流で乗り切って今に至ってしまいましたので、なんだか30代も終わりになってようやく、舞台の世界に入るイニシエーションを済ませるような気分です。もっとも、イニシエーションにしては贅沢すぎる経験ですが。ともあれ今回、パスカル・ランベールという演出家に、迂闊に対等なアーティストを気取って出会うのではなく、現場で走り回る後輩の立場で出会えたことが、自分にとって幸運だったと思います。尊敬に値する芸術家だからです。

そしてもうひとり尊敬に値する人物、経済哲学者エリック・メシュラン氏がモントリオールの大学で教鞭をとっておられるそうなので、今秋このプロジェクトが終了したら、一度カナダに会いに行ってみたいなあ――なんてぼんやり考えております。