英国のEU離脱を擁護する


英国のEU離脱に関して、賛成に投票した一般大衆は、回り回って自分が損をすることが理解できていない、移民のおかげで生活が苦しいのはわかるが・・・といった論調が目につきます。

ひとつだけ挙げますが、自民党の山本一太議員は、「英国のEU離脱に衝撃を受けた。世界経済への影響は計り知れない。「理性より感情が働きやすい」という国民投票の問題点も浮き彫りに。」とツイートしています。つまり、離脱派は「感情に流されるバカ」であり、「バカに一票を与える国民投票はやめたほうがいい」ということですね。これ英語でツイートしてみたらいい。全世界規模で炎上するんじゃないですか。我が国の憲法改正も、国民投票なんか必要ねえだろ、国会で決めればいいだろ、とおっしゃりたいのでしょう。私は、小泉総理以前の自民党は立派な政党だったと思いますし、時に一票を投じたこともありますが、こういう発言をする方が実力者と認められている今の自民党には、失望しております。あなたこそ「理性より感情が働きやすい」ですね、と山本議員に申し上げたい。

話を戻しまして。離脱派は「非合理的」な選択をした、という論調に対して、それは違うでしょう、と私は言いたいです。

確かに短期的に見れば、英国の輸入産業は、ポンド安で苦しくなるし、輸出産業もまた、ポンド安とは言いながら、対EUでは無関税という恩恵を被ることができなくなる。シティも金融センターとして機能しなくなるかもしれない。移民を排斥するなら労働コストも上昇する。日本のように、優秀な人材や企業が国外に流出するかもしれない。そう考えると、島国の選択としては、何のメリットもない「狂気の沙汰」、現代版の「鎖国」と思えます。

輸出も輸入も収縮するということは、すなわち、貿易依存度を下げるということです。「金融立国」の看板を取り下げるとなれば、尚のことです。そうなれば当然ながら、経済規模が縮小した状態で、国内の需要を国内の供給で賄うという体制に移行せざるを得ません。簡単にいえば「地産地消」ということだと思います。

すなわち、英国の離脱派の主張というのは、「短期的には損することばかりでも、長期的に、地産地消の自律的経済圏を確立したい」という願望を潜在させているんじゃないか。グローバル化にはメリットもデメリットもあるわけで、そこを比較衡量すれば、このような反グローバル化を志向する選択が国民的合意を得ることも、決して「非合理」とはいえないと思います。むしろ、なんでもかんでも欧米主導でグローバル化させた、この500年間の歴史こそ「非合理」だった、という歴史の審判が下る可能性もあるでしょう。だとすると、これは歴史の大きな転換点を意味する出来事なのかもしれません。

ただし、これが「グレート・ブリテン」の解体につながりかねないという危惧は確かにその通りで、老子は「小国寡民」と言いましたが、「地産地消」を志向するなら、現状の国民国家ですら規模が大きすぎるという問題はあるでしょうね。「地産地消」を徹底するなら、国民国家内の地域間格差だって是正すべきだ、という主張に理があるということになりますので、北アイルランドやスコットランドの独立を、少なくとも理屈の上では、英国は阻止できなくなると思います。

残る問題は、旧植民地各国に、構造的に貧困を強制した帝国主義の御本家が、ここに来て自分たちの都合で、移民受け入れを拒むなんてことが許されるのか、という歴史的道義的責任ですね。オマエがイチ抜けたするってアリなのかよ?!という。そこは問われてしまうと思います。そして、これを解消できるとしたら、それこそ「グレート・ブリテン解散」によってだと思います。

私が思い描く人類の未来は、極小の規模で自律する生活圏=経済圏を、全世界人民から軍事・警察権力を移譲された世界政府が、「夜警国家」的に統治するという姿であります。そのような世界国家を、「夜警国家」の制約を取り払って「計画経済」によって統制しようとすると、強大な権力集中が必要となり、ソ連が犯した間違いを反復することになるわけで。そうではなく、私は世界全体が、江戸幕藩体制、あるいは、アメリカ連邦制のようになるのがベストじゃないかと常々思っております。つまり、経済はバラバラ、政治は一体化。対するにEUは、経済は一体化、政治はバラバラなので、逆なんですよね。EUという壮大な実験は、少なくとも、人類全体の未来像を示してはいないことがはっきりした。それが、今回の英国のEU離脱の意義であると解釈しています。

米国では、このような「ポピュリズム」の受け皿として、大統領候補のトランプ氏が登場しましたが、我が国では、橋下徹氏が「平等志向と競争志向のアマルガム」を自党の方針としてしまい、「地域主権型道州制」を積極的に打ち出さなくなった時点で、政権与党の日和見主義と見分けがつかなくなり、受け皿が消滅してしまいました。短慮であったと言わざるを得ず、大変残念なことです。