ツノダ姉妹『喜婚男と避婚男』を読む。


ツノダ姉妹『喜婚男と避婚男』(新潮新書)は面白い。マーケッターによる同時代分析なので、まあ話半分で聞くくらいがちょうどいいと思うが、私個人としてはこの手の話は大好きである。一読を勧めたいので、簡単に内容を紹介してみよう。

言わんとするところは明快である。草食系だとかイクメンだとかカジメンだとか、近頃のトレンドを現すキーワードは、男が中心である。この背景に何があるか。いまどきの男たちは、結婚したら妻とのラブラブぶりを臆面もなく自慢し、家事を妻と分担することにもなんら抵抗がなく、子育てを一生の大事業と考える「喜婚男」になる。一方、自分のテリトリーに他人が入り込んでくることを面倒と感じ、結婚を拒む「避婚男」たちは、ゲームやらパソコンやら二次元萌えやら家電へのこだわりやら楽しみはいくらでもあり、外に出て他人と関わることをしなくても、じゅうぶんにシングルライフを満喫できる。つまり今や、「喜婚男」か「避婚男」かという違いはあれ、男たちの「オウチ」進出が始まったというのである。

身近なところでも、いくらでも思い当たる男性が存在する。特に都会に暮らしていれば、自動車に乗る必要はなく買い物にも困らないから、余暇が「オウチ」中心になってもおかしくはない。否、今や地方でも、ロードサイドショップの最大公約数みたいな品揃えに妥協することなしに、オンラインで好きなものがいくらでも入手できる。こうなってくると、休日ごとに誰かに会いに出かけるような男性は、「社交的」と評されるどころか、よっぽど人恋しい、寂しい人なのかな、そんなにPCスキルが低いのかな、SNSでもやればいいのに、と邪推されそうだ。

不況のおかげで贅沢ができないという事情もあるだろうが、高級ファッションに高級腕時計に高級車という組み合わせを自慢しようにも、成金か!セレブ気取りか!押尾先生か!と笑われてしまう時代ではある。その程度には「お金が全て」という価値観は相対化されている。「資産運用」とはつまりバクチのことだ、金持ちだっていつ身ぐるみ剝がれるかわからんぞ、という程度の認識は、リーマンショック以降広く共有されている。むしろ今は、なるべくシンプルな生活を心がける方が、スタイリッシュに見える時代になったのだろう。エコ的にもその方がいいし。

ちなみに、今どきの女たちはどこにいるのか。ツノダ姉妹によれば、オウチから解放され職場進出を果たしたものの、仕事一筋で「負け犬」になるのはつまらないと考えた女たちが行き着いた先は、オウチでもなく職場でもなく「自然」なのだそうだ。マラソンや登山に、若い女性が続々参入しているのはよく知られている。女性がアウトドアの主役になりつつある。

うーむ、男は「オウチ」、女は「自然」かあ……。男は狩りに出かけ、女は家を守るって構図が、完全に逆転してますな。

いずれにしても、私らみたいな、「オウチ」とも「自然」とも異なる「文化」領域、劇場なり何なりに足を運んでもらってナンボの客商売が、お呼びでない状況であることは確かだ。既にわかりきったことではあるが、文化芸術はいずれも細分化して、おたく的な趣味の範囲に自足するしかないだろう。宮崎駿とか、浅利慶太とか、あの規模の「国民文化」に出世できるのはどのジャンルでもひとりふたりで、あとはもう少数の好事家を相手にするしかない。となると、ビジネスとしては付加価値を上げていくしかないが、それにしたって国内市場限定では厳しかろう。坂本龍一や村上隆のように世界市場で商売できる方がいいに決まっているが、それも成功するのはやっぱり各ジャンルでひとりふたりか。そう考えると、日本国内限定で、ミニマムなマーケットから、マキシマムのお金を吸い上げるしかけを作ったという点で、宝塚とディアゴスティーニと秋元康はさすがだなあと思うのである。

要は、嗜好品と一緒で、お客に中毒症状を植えつければよいのだ。リピーターってのはつまり中毒患者ってことだ。嗜好品――酒や煙草にどんな作用があるか。刺激が強く、ダウナー系かアッパー系か、いずれにせよ人間の精神に変調をもたらすもの。これがヒントってことになるのかしらん。……ただ、嗜好品の需要だって確実に落ちていると思うんだよねえ。うーむ、諸兄姉の健闘を祈る(笑)。