アート・マネジメントという言葉のいかがわしさについて。


最近、アート・マネジメントという言葉を耳にすると、どうにもくすぐったい。実際問題として、現場で必要とされるのは往々にして単なるマネジメント能力であって、アート・マネジメント能力ではない。文化芸術界隈なんて世間知らずばっかりだから、普通にネクタイ締めて、名刺交換して、電話応対して、エクセルで資料作って、パワポでプレゼンやって、営業に回って、クレームに対処して、帳簿つけて……という、ごく普通のサラリーマンとしての能力を持っている人が重宝される。それが現実だと思いますけどね。というか、私も含めて文化芸術業界は、普通のサラリーマンならできることが全然できない役立たずが多過ぎると思います。

だいたい、大学でアート・マネジメントを教えたりしているけど、アートに限らず、最初から「マネジメント」を目標とする風潮からしてよくわからない。「リーダーシップ」ってのも同じ。「コーチング」もそうかな。ピーター・ドラッカーは相変わらず人気があるけど、組織だとか運営だとかを気にしなきゃいけなくなるのって、せいぜい係長になってからでしょう。いやまあ、会社全体のカネの動きが把握できていて、自分の給金は自分で稼いでくる!という気概で営業に出ることは、もちろんペーペーに求められる姿勢ではありますがね。にしても、30代後半くらいになるまで、縁がない人の方が多いんじゃないのかね。まあ起業ブーム(既に下火か)だからかもしれないけど、最初から人の上に立つことを前提としている感覚が、既に社会状況に合っていない気がする。だって、高度成長のころと違って、子会社に出向させたりして管理職を量産できる大企業なんて、今やごくわずかでしょう。大多数の人にとっては、むしろ「リーダーシップ」よりも「フォロワーシップ」を勉強する方が先なんじゃないですかね。

仮にアート・マネジメントなるものがありうるとして、その大先輩として宝塚歌劇の創始者・小林一三が挙げられると思いますが、その小林一三は、働く上で大事なのは、目の前にある仕事を、それがどんな小さな仕事でも、ひとつひとつ丁寧にしっかりやっていくことだ、地味なようだが、それさえやっていれば必ず誰かがその姿勢を評価してくれて道は開ける、それ以外のことは不要だ、と言っています。含蓄のある言葉ですね。私も40歳にしてようやく、小林一三の言っていることの正しさが身にしみるようになりました。「マネジメント」だの「リーダーシップ」だの「コーチング」だの、人の上に立つ幻想に浸ってガス抜きするのも結構ですが、実際に管理職として苦労している人以外は、小林一三の人生訓に耳を傾ける方が有益でしょう。

私なども色々な職場を見てきましたけれど、働く上で、100点は無理だとしてもせめて90点をとってやろうという意欲を持っている人と、そういう意欲を持たない人と、どこでも2種類の人間がいるものだとつくづく思いました。後者の人種は、自分のやりやすい案件だけを優先して取り組んで「忙しい」と口にしてみたり、かと思うとやりたくない案件をサボタージュする口実をいくつも並べたてたり、何をいつまでに仕上げるのかという業務管理ができていなかったり、絶対忘れるくせにメモをとらなかったり、体力的に限界だがもうあと一押しする根性がなかったり、案件終了の後に反省することを怠ったり、チームのメンバーに仕事を割り振るのが下手だったり、自分に対処しきれない案件を持ちかけられたときに露骨に嫌な顔をしたり、自分のただの想像だけで「難しいですね」と言ってみたり……。

白状すれば、20代の私もそうでした。そもそも働くということの意味が全くわかっていなかったし、「報告・連絡・相談」という基本が全くわかっていなかった。ひとりで仕事を抱え込み、処理しきれずミスをする、の繰り返しでした。ただ30代になって、日本演出者協会国際部の建て直しを手伝うことになって、そこから徐々に意識が変わりましたな。国際演劇交流セミナーというイベントの運営に携わり、予算を組み、収支予測をし、アルバイトを使い、広報に走り回り、講師のアテンドをし、イベントの記録を取り、支払いをして決算をして、結果報告をおこない、個々の実績をベースとして次年度助成金申請のペーパーを作成し……という一連の業務を実践しつつ、同時に、それらの業務をどれだけ効率化できるかを、仲間である演出家の方々と常に検討し続けました。演出家のユニオンだったので、みんな制作者のプロではないしそれぞれの劇団活動もあったから、限られた時間の中でいかに能率よく業務を分担し進行させるか、そのためにどんなシステムが必要か、という試行錯誤を繰り返さざるを得なかったのですな。そこで学んだのは、ミスはいつも個人の行為として現れるが、その抜本的解決は、組織的なシステムの改善によってしか達成できない、ということでした。まあこんなことは、普通の社会人であればみんなわかっていることでしょう。私は30代になるまでわからなかったのです。で、仕事ってこういうことか、とようやく実感できたところで、「じゃあこのプロジェクトはノーミスで終えてやろう、100点取ってやろう」という意欲が湧いてきたのですな。それからは、少し大人になることができたかもしれません。

ロジスティックスを、何やらレベルの低い業務だと思っている人は、絶対出世なんかできない。「アート・マネジメント」という言葉が鼻につくのは、下手すると、ロジスティックスを差し置いて、「高級な」「教養ある」「レベルの高い」仕事がアートである、という変なイメージを喚起しそうなところですわ。まあだから、アートの世界でビジネスをやりたい人は、まずは普通にお勤めを経験するべきだと思う。5年10年サラリーマンとして働いて、上司に叱られ、理不尽に耐え、それでも着実に業績をあげて、会社から評価される人材に育てば、それでもう資格十分。アートに対する理解はもちろん必要だけど、それはビジネスで言えば「商品知識」って奴だから、まあ働きながら徐々に学んでいけばいい。

ところで、美術業界のキュレーターになろうと思ったら、学歴や資格や専門知識が必要なんだろうね。まあそれも大事だけど、あまりに「商品知識」ばかりを求めると、人材が偏っちゃうんじゃないかね。演劇業界は誰でもウェルカムだから風通しがいいけど、そのかわり、どいつもこいつも「商品知識」が貧しすぎ(笑)。それはそれで問題。